手形法第一六条第一項による推定を覆すためには、手形取得者に同条第二項但書所定の事実が存在することの主張を要する。
手形法第一六条第一項による推定を覆すために主張すべき事項
手形法16条
判旨
手形法16条1項による権利推定を覆すためには、手形の振出や裏書が無効であることの立証のみならず、取得者に悪意または重過失があったこと(同条2項)の立証も必要である。
問題の所在(論点)
手形法16条1項に基づく権利推定を覆すために、手形債務者が主張・立証すべき事項の範囲が問題となる。具体的には、原因関係の瑕疵等の立証に加え、善意取得(16条2項)を否定する事情(悪意・重過失)の立証まで必要か。
規範
手形法16条1項により、裏書の連続がある手形の所持人は適法の権利者と推定される。この推定を覆すためには、相手方は、当該手形が有効な振出および裏書により所持人に帰属したものではないことの主張・立証のみならず、所持人に手形法16条2項ただし書所定の悪意または重大な過失があったことまでも併せて主張・立証しなければならない。
重要事実
被上告人(第一審原告)は、受取人D、第一裏書人D、被裏書人被上告人と記載された本件約束手形を所持していた。上告人(第一審被告)は、本件手形が有効な振出・裏書により被上告人の所持に帰したものではない旨を主張したが、被上告人が手形取得時に悪意または重過失であった点については、原審の口頭弁論において有効な主張を行わなかった。また、上告人は別個の準消費貸借契約に基づく代物弁済により債務が消滅したと主張したが、本件手形の原因債務との関連は不明確であった。
あてはめ
本件において、被上告人が所持する手形には裏書の連続が認められるため、手形法16条1項(および77条1項)により適法の所持人と推定される。上告人は、手形の移転プロセスの不備を主張するだけで、権利取得者の善意取得を否定する「悪意または重大な過失」の事実を陳述していない。したがって、法律上の推定を覆すに足りる主張・立証がなされたとはいえず、被上告人は依然として適法の権利者として扱われる。また、代物弁済の主張についても、物件の時価が債務額を超過していても当然に他の債務(本件手形債務)に充当されるわけではなく、充当の合意等の主張がない以上、抗弁として成立しない。
結論
手形法16条1項の推定を覆すには、無権利の主張のみならず、16条2項の悪意・重過失の立証が必要である。これがない以上、被上告人は適法の所持人であり、請求は認められる。
実務上の射程
手形法16条1項の権利推定の効力が、単なる形式的資格の付与にとどまらず、実体上の無権利を主張する側に対し、善意取得(16条2項)の否定まで立証責任を課す強いものであることを示した。答案上、手形所持人の権利性を争う場合は、裏書連続による推定の指摘から始め、相手方(債務者)側が悪意・重過失まで立証しなければ推定を覆せないという枠組みで論じる際に不可欠な判例である。
事件番号: 昭和41(オ)568 / 裁判年月日: 昭和46年11月16日 / 結論: 棄却
流通におく意思で約束手形に振出人として署名または記名捺印をした者は、右手形が盗難・紛失等のため自己の意思によらずに流通におかれた場合でも、連続した裏書のある右手形の所持人に対しては、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張・立証しないかぎり、振出人としての責任を免れない。