流通におく意思で約束手形に振出人として署名または記名捺印をした者は、右手形が盗難・紛失等のため自己の意思によらずに流通におかれた場合でも、連続した裏書のある右手形の所持人に対しては、悪意または重大な過失によつて同人がこれを取得したことを主張・立証しないかぎり、振出人としての責任を免れない。
盗難・紛失により流通におかれた約束手形に振出人として署名した者の手形上の責任
手形法16条2項,手形法77条1項1号,手形法78条
判旨
流通させる意思で約束手形に署名・記名押印をした振出人は、盗難等により意思に反して流通した場合でも、裏書の連続がある手形の所持人に対し、所持人の悪意または重過失を立証しない限り手形債務を免れない。
問題の所在(論点)
手形行為の成立に「交付」が必要か(交付欠缺の抗弁)。具体的には、署名済みの手形が振出人の意思に基づかず流通した場合、振出人は善意の第三者に対して手形債務を負うか、その立証責任は誰が負うかが問題となる。
規範
手形の流通証券としての特質に基づき、流通におく意思で振出人として署名または記名押印をした者は、その者の意思によらずに手形が流通した場合であっても、善意かつ無重過失の所持人に対して手形債務を負担する。具体的には、振出人は所持人の悪意または重大な過失を主張・立証しない限り、手形債務を拒むことができない。
重要事実
上告人らは、買掛代金の支払のために受取人欄を白地とした約束手形を作成し、共同振出人として署名・記名押印した。上告人らは、この手形を交付するために使用人に保管させていたが、その保管中に何者かに盗取された。その後、手形は転々と流通し、受取人欄が補充され裏書が連続した状態で、善意の被上告人が取得した。上告人らは、交付欠缺を理由に手形債務の履行を拒んだ。
あてはめ
上告人らは、債務支払という「流通におく意思」をもって手形に署名・記名押印しており、振出人としての外観を自ら作り出したといえる。手形はその後、盗取により意思に反して流通したが、外観を信頼して取得した被上告人に対し、上告人らは被上告人の悪意または重大な過失を主張・立証していない。したがって、手形法16条2項の趣旨を類推し、流通におく意思で作成された手形については、交付の欠缺をもって善意かつ無重過失の所持人に対抗することはできない。
結論
上告人らは、被上告人に対し合同して手形金支払の義務を負う。交付欠缺の抗弁は、所持人の悪意・重過失が証明されない限り認められない。
実務上の射程
手形行為の成立時期に関する「権利外観説(二段階説)」を前提とした判例であり、交付を欠く手形の有効性を認める。答案上は、交付欠缺が「人的抗弁」に近い性質を持ち、手形法16条2項(善意取得)の類推適用により、振出人が所持人の悪意・重過失の立証責任を負うことを示す際に用いる。
事件番号: 昭和41(オ)586 / 裁判年月日: 昭和41年12月1日 / 結論: 棄却
会社の資力を仮装するため単に見せ手形として使用する約束のもとに振出人欄に記名押印し振出日および受取人欄を空欄として交付された約束手形につき、相手方が約旨に反して右空欄を補充した場合であつても、さらに裏書譲渡を受けた所持人が悪意重過失なくして右約束手形を取得したものである以上、振出人は所持人に対して手形金支払義務を負うも…