労働者の賃金債権に対しては、使用者は、労働者に対して有する不法行為を原因とする債権をもつても相殺することは許されない。
労働者の賃金債権に対し不法行為を原因とする債権をもつてする相殺の許否。
労働基準法24条,労働基準法17条,民法505条,民法509条
判旨
労働基準法24条1項の賃金全額払の原則により、使用者は労働者の賃金債権に対して、使用者側の反対債権をもって相殺することは許されない。この相殺禁止の効力は、使用者の反対債権が不法行為を原因とする損害賠償債権である場合にも同様に及ぶ。
問題の所在(論点)
使用者が労働者に対して有する不法行為に基づく損害賠償債権を自働債権として、労働者の賃金債権と相殺することは、労働基準法24条1項(賃金全額払の原則)に照らして許されるか。
規範
労働基準法24条1項は、賃金が労働者の生活を支える重要な財源であり、これを確実に受領させる必要があるという趣旨から、賃金の全額を直接労働者に支払うべきことを規定している。したがって、同条項は、使用者が労働者に対して有する債権をもって賃金債権と相殺することを許さない旨の規定を包含するものと解すべきである。この相殺禁止の理は、自働債権が不法行為に基づく損害賠償債権であっても、あるいは債務不履行に基づくものであっても、同様に適用される。
重要事実
上告人(使用者)は、被上告人(労働者)に対して賃金支払義務を負っていたが、被上告人が背任行為という不法行為を行ったことにより損害を被ったと主張した。上告人は、被上告人に対するこの不法行為に基づく損害賠償債権を自働債権とし、被上告人の賃金債権を受働債権として相殺の意思表示をした。これに対し、労働基準法24条1項の全額払原則に抵触し、相殺が許されないかどうかが争点となった。
あてはめ
賃金は労働者の日常の生活基盤であり、その全額を確実に受領させることが労働政策上の要請である。本件において、上告人が主張する損害賠償債権は背任行為という不法行為に起因するものであるが、労働基準法24条1項の趣旨が「賃金の確実な受領」にある以上、債権の発生原因が不法行為であるか否かによって結論は左右されない。民法505条1項但書により、債務の性質上相殺が許されないものと解されるため、本件の相殺は同条項に違反し、無効であるといえる。
結論
労働基準法24条1項に基づき、不法行為債権を自働債権とする賃金債権との相殺は許されない。上告人の相殺の主張は認められず、賃金全額の支払義務を免れない。
実務上の射程
賃金全額払原則による相殺禁止を確立したリーディングケースである。ただし、実務上は「労働者の自由な意思に基づく同意」がある場合や、計算上の錯誤を是正する「調整的相殺」が合理的な範囲内で行われる場合には、本原則の例外として相殺が肯定される余地がある点に留意が必要である。
事件番号: 昭和34(オ)148 / 裁判年月日: 昭和36年3月3日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】使用者が労働者に対して有する消費貸借上の債権をもって、労働者の賃金債権と相殺することは、労働基準法24条1項の賃金全額払の原則に基づき、原則として許されない。 第1 事案の概要:上告人(使用者)は、被上告人(労働者)に対して有する消費貸借上の債権に基づき、被上告人の賃金債権と相殺する旨の抗弁を主張…
事件番号: 平成12(受)1584 / 裁判年月日: 平成14年9月24日 / 結論: 破棄自判
債権の全額を破産債権として届け出た債権者は,債務者に対する破産宣告後に物上保証人から届出債権の弁済を受けても,その全部の満足を得ない限り,届出債権の全額について破産債権者としての権利を行使することができる。