使用者は、労働者の賃金債権に対しては、損害賠償債権をもつて相殺をすることも許されない。
賃金債権に対する相殺の許否
労働基準法24条,民法505条
判旨
労働基準法24条1項の賃金全額払の原則により、使用者が労働者に対して有する損害賠償債権をもって労働者の賃金債権と相殺することは、原則として許されない。ただし、本件の給料の一部については取締役としての報酬にあたり、賃金に該当しない可能性があるため、性質の切り分けが必要である。
問題の所在(論点)
使用者が労働者に対して有する損害賠償債権を自働債権として、労働者の賃金債権と相殺することが労働基準法24条1項に抵触し、許されないか。また、取締役就任後の報酬が同条の「賃金」にあたるか。
規範
労働基準法24条1項は賃金の全額払を規定しており、その趣旨は労働者の生活の基礎となる賃金を確実に受領させることにある。したがって、使用者が労働者に対して損害賠償債権等の反対債権を有している場合であっても、これをもって賃金債権と相殺することは許されない。
重要事実
上告人は被上告会社に勤務し、在庫品売却等の業務に従事していたが、昭和24年8月に取締役に就任した。上告人は、休業中の業務に対する「整理手当」および就任後の「給料」の未払分計約3.8万円の支払を求めた。これに対し、会社側は上告人に対する損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁を主張した。原審は、この相殺を有効と認めて上告人の請求を棄却した。
あてはめ
労働基準法24条1項によれば、賃金債権に対して損害賠償債権をもって相殺することは許されない。本件の「整理手当」は、休業中の業務に対する対価であり「賃金」に該当すると解されるため、これと損害賠償債権を相殺することは同条に違反する。一方で、取締役就任後の「給料」は、取締役としての報酬であれば「賃金」とはいえないため、全額払原則の適用外となり相殺が可能となり得る。原審は、これらの性質を区別せず、全額について相殺を有効とした点で審理不尽がある。
結論
整理手当については賃金にあたるため相殺は許されず、取締役報酬については賃金にあたらないため相殺の余地がある。性質を区別せずに全額の相殺を認めた原判決は破棄を免れない。
実務上の射程
本判決は賃金相殺禁止の原則(全額払原則)を確立したリーディングケースである。答案上は、不法行為債権や事務管理に基づく債権であっても、使用者が一方的に相殺することは原則として24条1項違反になると論じる際に用いる。また、本判決後、自由な意思に基づく同意がある場合の相殺(日産自動車事件等)や調整的相殺(群馬県教職員事件等)といった例外法理が展開される際の基礎となる規範である。
事件番号: 昭和34(オ)148 / 裁判年月日: 昭和36年3月3日 / 結論: 棄却
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事件番号: 昭和42(行ツ)61 / 裁判年月日: 昭和45年10月30日 / 結論: 棄却
一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、しかも、その金額、方法等においても労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものである場合にかぎり、労働基準法二四…