一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、かつ、あらかじめ労働者に予告されるとかその額が多額にわたらない等労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものであるときは、労働基準法二四条一項の規定に違反しない。 二、公立中学校の教員に対して昭和三三年一二月一五日に支給された勤勉手当中に九四〇円の過払があつた場合において、昭和三四年一月二〇日頃右教員に対し過払金の返納を求め、この求めに応じないときは翌月分の給与から過払額を減額する旨通知したうえ、過払金の返還請求権を自働債権とし、同年三月二一日に支給される同月分の給料および暫定手当合計二万二九六〇円の支払請求権を受働債権としてした原判示の相殺(原判決理由参照)は、労働基準法二四条一項の規定に違反しない。
一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺と労働基準法二四条一項 二、公立中学校の教員につき、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が労働基準法二四条一項の規定に違反しないとされた事例
労働基準法24条1項,民法505条1項,地方公務員法25条1項
判旨
賃金の過払が生じた場合に、過払の時期と合理的に接着した時期に精算・調整のために行う賃金債権との相殺は、労働者の経済生活の安定を脅かす恐れがない限り、労働基準法24条1項の全額払原則に違反しない。
問題の所在(論点)
使用者が賃金の過払を精算するために、その後の賃金から過払分を控除(相殺)することが、労働基準法24条1項の賃金全額払原則に抵触するか。
規範
労働基準法24条1項の全額払原則の趣旨は、労働者の生活基盤である賃金を確実に受領させ、その生活に不安がないようにすることにある。したがって、使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することは原則として許されない。もっとも、過払賃金の精算ないし調整を目的とする相殺(調整的相殺)は、実質的にみれば本来支払われるべき賃金の全額を支払った結果となるものであるから、①過払のあった時期と合理的に接着した時期になされ、②あらかじめ労働者に予告され、③その額が多額にわたらないなど、労働者の経済生活の安定を脅かすおそれのない場合には、同項の禁止するところではない。
重要事実
被上告人(会社)は、上告人ら(労働者)に対し、昭和33年12月15日に勤勉手当を支給したが、その中には同年9月の欠勤等により本来支給すべきでない金額が含まれていた。被上告人は翌年1月、上告人らに対し過払金の返納を求め、応じない場合は翌月分の給与から減額する旨を通知した。その後、被上告人は昭和34年2月分または3月分の給与から、当該過払分を控除(相殺)したため、上告人らが未払賃金の支払を求めて提訴した。
あてはめ
本件の給与減額は、過払勤勉手当の不当利得返還請求権を自働債権とし、その後の給与請求権を受働債権とする相殺である。時期については、前年12月の過払に対し翌年2月・3月の給与で調整しており、過払時期と合理的に接着した時期の精算といえる。また、実施に先立ち返納の請求と減額の予告がなされており、その手続も妥当である。控除額が労働者の生活を脅かすほど多額であったという事情も認められないことから、本件相殺は労働者の経済生活の安定を脅かすおそれのない適正な賃金額支払のための手段として許容される。
結論
本件相殺は労働基準法24条1項に違反せず、適法である。したがって、上告人らの請求を棄却した原判決は正当である。
実務上の射程
本判決は、過払賃金の調整目的で行われる相殺が全額払原則の例外として許容されるための3要件(合理的接着性、予告、経済生活への非影響)を示した。司法試験においては、事案の「時期」や「金額」等の具体的事実をこれらの要件にあてはめて論じる必要がある。なお、自由な意思に基づく同意がある場合の相殺とは、枠組みが異なる点に注意が必要である。
事件番号: 昭和42(行ツ)61 / 裁判年月日: 昭和45年10月30日 / 結論: 棄却
一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、しかも、その金額、方法等においても労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものである場合にかぎり、労働基準法二四…