甲の代理人丙が、その権限をこえて乙との間に甲所有の不動産につき乙のために根抵当権設定契約を締結し、かつ甲名義の偽造登記申請委任状によつてその登記をなした場合、右設定契約を締結しおよび登記申請委任状を乙に交付する等登記申請に協力する関係において、乙が丙に右設定契約の締結ならびに登記の申請について甲の代理権ありと信ずべき正当の理由あるときは、民法第一一〇条の適用あるものと解すべきであつて、したがつて甲は乙に対し右根抵当権設定登記の無効を主張してその抹消を請求することができない。
偽造の登記申請委任状によつてなされた登記が有効とされた事例
不動産登記法35条,民法110条
判旨
登記申請行為という公法上の行為であっても、実体上の根抵当権設定契約において民法110条の表見代理が成立し、登記が実体関係に合致する場合には、同条の規定を適用または準用してその有効性を認めることができる。
問題の所在(論点)
登記申請行為は国家機関に対する公法上の行為であるが、このような行為について民法110条(権限外の行為の表見代理)の適用または準用が認められるか。また、実体法上の表見代理が成立する場合に、それに基づく登記の抹消を請求できるか。
規範
1. 本来、民法110条は私法上の法律行為を対象とするが、登記申請行為が実体的な法律行為と密接に関連し、実体上の権利関係に合致する結果をもたらす場合には、同条の規定を適用または準用できる。 2. 代理人が権限を踰越して登記申請を行った場合であっても、相手方がその権限があると信ずべき正当な理由があるときは、本人の意思に基づかない登記であっても、その法律効果は本人に帰属し、本人は登記の無効を主張できない。
重要事実
1. 被上告人(本人)は、義弟Dに対し、旧根抵当権の抹消登記手続の一切を委任し、印鑑証明書等を交付した。 2. Dは、この受権の範囲を超え、被上告人の印鑑を偽造して新たな根抵当権設定の委任状を作成し、被上告人の代理人と称して上告人から資金を借り入れ、本件根抵当権設定登記を了した。 3. 上告人は、Dに代理権があると信じ、そのことについて正当な理由があった。
事件番号: 昭和34(オ)1095 / 裁判年月日: 昭和37年5月8日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】本人が代理人に対し、不動産売買代金受領後に所有権移転登記手続を行う権限を授与した際、相手方が代理人の権限を信ずるに足りる正当な理由があると認められる場合には、民法110条の表見代理が成立する。 第1 事案の概要:本人は、訴外Dを信頼し、本件不動産の所有権がDに移転する前に、印鑑、印鑑証明、登記済証…
あてはめ
1. Dは、被上告人から「旧根抵当権の抹消登記」という公法上の事務に関する代理権を与えられていたが、これを超えて「新根抵当権の設定」という行為を行った。これは権限外の行為にあたる。 2. 上告人においてDに代理権があると信ずるにつき「正当な理由」が認められる。この場合、実体法上の根抵当権設定契約は表見代理により有効に成立する。 3. 本件登記は、表見代理により有効となった実体上の権利関係に合致するものである。登記義務者である被上告人は登記に協力すべき私法上の義務を負うため、たとえ本人に直接の登記意思がなくても、代理人Dに登記意思がある以上、その効果は本人に帰属する。
結論
登記申請行為についても民法110条の適用または準用を認めて妨げない。本件根抵当権設定登記は実体上の権利関係に合致しており有効であるから、被上告人の抹消登記請求は棄却される。
実務上の射程
公法上の行為(登記申請等)そのものを「基本代理権」とすることについては後の判例(最判昭46.6.3)で限定的に解されているが、本判決は「実体行為において表見代理が成立し、登記がそれに合致する場合」に、登記の有効性を維持する理論的根拠として機能する。答案上は、110条の適用の可否を論じる際、公法上の行為であっても私法上の取引と密接に関連する場合には類推適用の余地があることを示す際に参照する。
事件番号: 昭和37(オ)912 / 裁判年月日: 昭和39年4月2日 / 結論: 棄却
民法第一一〇条の表見代理が成立するために必要とされる基本代理権は私法上の行為についての代理権であることを要すると解すべきである。
事件番号: 昭和39(オ)77 / 裁判年月日: 昭和41年11月18日 / 結論: 棄却
一 登記申請行為自体には、表見代理に関する民法の規定の適用はない。 二 偽造文書によつて登記がされた場合でも、その登記の記載が実体的法律関係に符合し、かつ、登記義務者において登記申請を拒むことができる特段の事情がなく、登記権利者において当該登記申請が適法であると信ずるにつき正当の事由があるときは、登記義務者は右登記の無…
事件番号: 昭和30(オ)609 / 裁判年月日: 昭和34年12月18日 / 結論: 棄却
民法第一一〇条の適用は、何らかの代理権ある者がその権限を踰越してなした行為について論ぜられるべきもので、全然代理権のない者のなした行為には同条の適用はない。
事件番号: 昭和33(オ)800 / 裁判年月日: 昭和35年2月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】他人に信用を得させる目的で、単に見せるためだけに登記権利書と印鑑を貸与したに過ぎない場合、何ら代理権を授与したものとは認められず、表見代理の成立も否定される。 第1 事案の概要:被上告人は、訴外Dから「E株式会社に対する信用を得るために、単に同会社に見せるだけ」という目的で、本件土地の登記権利書と…