甲が乙から手形振出の代理権を与えられたものと誤信し、その権限がないのに乙の記名印および認印を使用して、乙名義の手形を振り出した場合には、右手形は無権代理行為として振り出されたものであつて、民法第一〇九条は、この場合にも適用があるものと解すべきである。
無権限の署名代理による手形振出と民法第一〇九条の適用の有無
手形法7条,手形法8条,民法109条
判旨
民法109条の表見代理は、本人が第三者に対し代理権を与えた旨を表示した際に成立するものであり、当該行為が本人の意思に反する場合や、他に基本代理権が存在しない場合であっても適用される。
問題の所在(論点)
1. 代理人の行為が本人の意思に反する場合に民法109条の適用があるか。 2. 民法109条の適用において、別途基本代理権(何らかの現実の代理権)の存在が必要か。 3. 本人名義の印章を利用した手形振出が、無権代理行為として同条の対象となるか。
規範
民法109条は、本人が第三者(相手方)に対し、他人に代理権を与えた旨を表示したときは、その表示された範囲内の行為について本人が責任を負うことを定めた規定である。同条の趣旨は、本人の意思に反する場合であっても、外観を信頼した相手方を保護して取引の安全を図る点にある。したがって、(1)代理権授与の表示があり、(2)表示された範囲内の行為がなされれば足り、行為が本人の意思に反することや、民法110条と異なり別途基本代理権が存在することは要件とならない。
重要事実
Dが、上告人(本人)名義の記名印および認印を使用して本件各手形を作成し、相手方Eに交付した。上告人は、Dに対して現実に手形振出の代理権を与えてはいなかったが、Eに対しては「Dに本件各手形の振出についての代理権を与えた」旨を表示していた。EはDが右代理権を有すると信じて手形を取得した。上告人は、Dによる手形作成は自身の意思に反し、かつ偽造であるため、109条は適用されないと主張して争った。
あてはめ
まず、109条は本人の意思に反する場合でも相手方を保護する趣旨であるから、Dの行為が上告人の意思に反していても同条の適用は妨げられない。次に、109条は「代理権を現実に与えていない場合」を想定する規定であるから、110条とは異なり基本代理権の存在は不要である。本件では、上告人がEに対して代理権授与の表示をしており、Dが上告人名義の印章を用いて無権代理人として手形を振り出した事実は、表示された代理権の範囲内といえる。したがって、偽造(作成権限の完全な欠如)ではなく無権代理行為として109条の責任を負うべきである。
結論
上告人は民法109条に基づき、Dが振り出した本件手形について本人としての責任を免れない。
実務上の射程
民法109条の独立した成立要件を明確化した。110条との峻別(基本代理権の要否)や、意思に反する無権代理行為であっても「表示」があれば責任を免れないことを示す際、答案における基本規範として活用できる。
事件番号: 昭和39(オ)419 / 裁判年月日: 昭和39年12月11日 / 結論: 棄却
甲がその実父である乙の実印を使用し、権限をこえ、乙の代理人として丙にあてて約束手形を振り出した場合でも、甲は乙に無断で右実印を持ち出したものであり、乙と丙とは従前取引をしたことがない等当該振出に関し原審が確定したような事情(原判決理由参照)があるときは、丙が、乙に甲の権限について確めることなく、甲は右約束手形を振り出す…