一 いわゆる無記名定期預金債権は無記名債権でなく氏名債権に属する。 二 甲が乙に金員を交付して甲のため無記名定期預金の預入れを依頼し、よつて乙がその金員を無記名定期預金として預入れた場合、乙において右金員を横領し自己の預金としたものでない以上、その預入れにあたり、乙が、届出印鑑として乙の氏を刻した印鑑を使用し、相手方の銀行が、かねて乙を知つており、届出印鑑を判読して預金者を乙と考え、預金元帳にも乙を預金者と記載した事実があつたとしても、右無記名定期預金の債権者は乙でなく、甲と認めるのが相当である。 三 右無記名定期預金において、相手方の銀行は、無記名定期預金証書と届出印鑑を呈示した者に支払をすることにより免責される旨の特約がなされている場合、届出印鑑のみを提出した乙との間に、右無記名定期預金と乙の銀行に対する債務と相殺する旨の合意をしても、右銀行はこれによつて、甲に対する無記名定期預金払戻債務につき、免責を得るものではない。
一 いわゆる無記名定期預金債権の性質 二 無記名定期預金の債権者の判定 三 無記名定期預金の債権者でない者が単に届出印鑑を使用してなした相殺の効力
民法666条,民法86条3項,民法467条1項,民法505条
判旨
無記名定期預金は一種の指名債権であり、預金証書の提出がない限り、届出印鑑のみを提示した非債権者による相殺をもって金融機関は免責されない。
問題の所在(論点)
無記名定期預金において、預金証書の提出を欠いたまま、届出印鑑を保持する非債権者が行った相殺により、金融機関は真正な債権者に対して免責されるか。
規範
預金債権が指名債権である以上、その支払は真正の預金債権者に対してなされることで弁済の効力を有するのが原則である。もっとも、無記名定期預金において、預金証書及び届出印鑑の呈示により支払がなされた場合には、特約に基づき金融機関は免責される。しかし、証書の呈示がない場合には、届出印鑑の提示があったとしても、真正な債権者でない者に対する支払(または相殺)によって免責を得ることはできない。
重要事実
被上告人はDに金員を交付し、上告銀行への預入れを委任した。Dは自己の印鑑を届け出て「無記名定期預金」として預け入れたが、後にDは、預金証書を提出することなく、届出印鑑のみを用いて自己の銀行に対する債務と当該預金債権を相殺した。被上告人は真正な預金債権者として、銀行に対し預金の支払を求めた。
あてはめ
本件預金は、無記名ではあるがその性質は指名債権である。本件において、Dは真正な預金債権者ではなく、かつ相殺の際に預金証書を提出していない。無記名定期預金制度における免責特約は、証書と印鑑の双方の呈示を前提とするものであるから、証書を欠く本件相殺においては免責の合意は適用されない。したがって、銀行がDの債務と相殺したとしても、真正な債権者である被上告人に対する債務は消滅しないと解される。
結論
上告銀行の免責は認められず、真正な預金債権者である被上告人に対する支払義務を負う。
実務上の射程
無記名定期預金が指名債権であることを明示した。また、銀行実務における免責特約の適用範囲を限定し、証書と印鑑の具備を厳格に要求する。答案上は、預金債権の帰属の問題や、債権の準占有者(民法478条)の論点と併せて検討する際の基礎となる判例である。
事件番号: 昭和31(オ)37 / 裁判年月日: 昭和35年3月8日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】無記名定期預金の預け入れにおいて、第三者が真の拠出者の代理人として振る舞い、証書等を拠出者が保管している場合、特段の事情がない限り預金債権者は当該拠出者である。また、銀行が預金債権者でない者との間で相殺の合意をしても、証書および届出印の提出がない限り、真の債権者に対し免責されない。 第1 事案の概…