父に代り世帯主として家政一切を処理している長男が、父に無断でその所有の山林を売却した場合において、右長男がその以前にも同一相手方に対し父所有の山林を売却しその履行が無事完了されているような事実があるときは、右相手方が売主家出入りの者であつて右売買の事実につき直接父に確めなかつたとしても、相手方に必ずしも右長男に山林売買につきその代理権ありと信ずべき正当の理由がないということはできない。
民法第一一〇条にいわゆる「権限アリト信スヘキ正当ノ理由」の有無
民法110条
判旨
代理権限の有無を判断する際、本人が隠居的地位にあり長男が実質的に財産管理・処分を担っていた等の客観的事情がある場合には、相手方が本人に直接確認しなかったとしても、代理権があると信じたことに「正当な理由」が認められる。
問題の所在(論点)
民法110条の表見代理における「正当な理由」(善意無過失)の存否に関し、家族間の重要な財産処分において、本人への直接の確認を怠ったことが過失に当たるか。
規範
民法110条の「正当な理由」とは、代理権があると信じたことについて、相手方に過失がないことをいう。その判断にあたっては、代理人と本人の関係、過去の取引態様、代理人の権限行使の実態、および当該取引の性質・規模等を総合的に考慮すべきである。本人が老齢で実質的な家政・財産管理を代理人に委ねているような外観が存在する場合、相手方が本人に直接意思確認を行わなかったとしても、直ちに過失があるとはいえない。
重要事実
被上告人(本人・70歳)の長男E(40歳以上)は、世帯主として被上告人の田畑の耕作、納税、家計管理等の家政全般を処理していた。Eは過去にも被上告人を代理して山林や立木を第三者や上告人に売却しており、そのうち上告人との前回の取引については登記も滞りなく完了していた。本件山林売買(代金15万円余)において、Eは被上告人の承諾を得たと偽り、前回と同一の印影を用いた売渡証書を作成した。上告人は、被上告人家に長年出入りする間柄であったが、本人に直接売却の事実を確認しなかった。
事件番号: 昭和28(オ)361 / 裁判年月日: 昭和31年5月22日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】世帯主として家政を一切管理し、過去にも同種の不動産売却及び登記手続を支障なく行っていた長男による無権代理行為について、相手方が本人に直接確認しなかったとしても、代理権があると信ずべき正当な理由(民法110条)があるといえる。 第1 事案の概要:70歳の老齢である本人(被上告人)と同居する40歳超の…
あてはめ
まず、被上告人は老齢で隠居的地位にあり、成年の長男Eが実質的に世帯管理や財産処分の広範な権限を行使していた実態が認められる。次に、Eは過去にも同様の山林売買を反復して行っており、特に上告人との前回の取引では登記も支障なく完了していた事実は、Eに処分権限があると信じるに足りる有力な根拠となる。本件売買証書の印影も前回と同一であり、代金額も必ずしも巨額とはいえない。このような状況下では、上告人が被上告人本人に直接確認しなかったからといって、代理権を信じたことに過失があるとはいえない。
結論
上告人にはEに代理権があると信ずべき正当な理由がある。したがって、民法110条の表見代理が成立し、本件売買の効力は本人に及ぶ可能性があるため、確認を怠った点のみで過失を認めた原判決は破棄を免れない。
実務上の射程
親族間(特に親子間)の無権代理において、日常家事債務(161条)の範囲を超える重要な財産処分であっても、実質的な財産管理権限の移譲が外観上認められる場合には、本人への確認義務が緩和されることを示す。答案では、本人の「隠居的地位」と「過去の類似取引の成否」を過失相殺や正当な理由の判断要素として活用できる。
事件番号: 昭和32(オ)619 / 裁判年月日: 昭和34年12月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条にいう「正当の理由」とは、第三者(相手方)において代理人に権限があると信ずるにつき過失がないことを意味し、過失がある場合には表見代理は成立しない。 第1 事案の概要:上告人(相手方)は、代理権を欠く者との間で取引を行ったが、原審において、当該代理人に権限があると信ずるにつき上告人に過失…
事件番号: 昭和28(オ)1350 / 裁判年月日: 昭和31年9月18日 / 結論: 棄却
本人の渡米不在中権限を踰越して土地売却の代理行為をした代理人について、本人の実印を所持していた事実の外、後記(判決理由参照)のような事情もあつたときは、民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当の理由があるものということができる。
事件番号: 昭和32(オ)723 / 裁判年月日: 昭和34年11月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理における「正当な理由」の存否は、代理人の年齢や家族関係、取引相手との距離等の具体的事情を総合考慮して判断される。本件では、80歳の父が子の代理人として振る舞った際、相手方が近隣居住者であっても直ちに過失があるとはいえず、代理権があると信じるに足りる正当な理由が認められた。 第…
事件番号: 昭和36(オ)78 / 裁判年月日: 昭和38年1月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、相手方が代理権があると信じ、かつ信ずるにつき正当の事由があることを具体的に主張する必要があり、単に代理権があると信じていたという事実の主張のみでは足りない。 第1 事案の概要:上告人らは、被上告人B1がB2を代理して消費貸借契約や抵当権設定、代物弁済予約を…