売買の目的物及びその成立の事情が後記(判文参照)のとおりである場合においては、買主に関する錯誤は要素の錯誤と認むべく且つ右錯誤につき売主に重大な過失なきものとして売買を無効と認むべきである。
買主に関する錯誤を要素の錯誤として売主の売買無効の主張を認むべき一事例
民法95条
判旨
売買契約において買主が国家であるか特定の私人であるかは、主観的にも客観的にも法律行為の重要事項に該当し、これを誤信した場合は「要素の錯誤」にあたる。また、戦争下という特殊な事情により国による買収と誤認した場合には、表意者に重大な過失はないと解するのが相当である。
問題の所在(論点)
売買契約において、買主が誰であるか(国家か私人か)という点についての誤認が、法律行為の「要素の錯誤」にあたるか。また、かかる誤信をした売主に重大な過失が認められるか。
規範
法律行為の要素の錯誤(民法95条1項、現行法では同項1号・2号)とは、表意者が意思表示の内容となる主要な事項につき、主観的にも客観的にも誤認していることをいう。具体的には、その点についての誤認がなければ表意者は意思表示をしなかったであろうと認められ(主観的重要譜)、かつ一般通常人もそのような意思表示をしなかったであろうと認められる(客観的重要譜)場合を指す。
重要事実
売買の目的物である林野は防風林としての機能を有しており、被上告人ら(売主)は当初買収を拒んでいた。しかし、第二次世界大戦中という当時の時勢から、「軍部が使用するための国家による買収」であればやむを得ないと考え、買主を国であると誤信して売渡の意思を表示した。実際には買主は私人である上告人であったが、買主側が作成した書類に捺印させられる形で契約が成立した。
あてはめ
まず、本件の林野は防風林としての重要性を持ち、本来は売却を拒絶していたものである。国家による公的な軍事利用という特殊な目的を信じたからこそ売却に応じたのであり、買主が誰であるかは主観的にも客観的にも契約成立の根幹をなす重要事項といえる。したがって、買主が国であるとの誤認は要素の錯誤にあたる。次に、当時は戦争の最中であり、軍部が使用する国家買収であれば拒めないという心理的強制が働く特殊な事情があった。このような状況下で買主側が作成した書類に捺印したことを捉えて、売主に重大な過失があるとはいえない。
結論
本件売買契約には要素の錯誤が認められ、かつ売主に重大な過失はないため、錯誤による意思表示の無効(現行法では取消し)が認められる。
実務上の射程
契約の相手方の属性(同一性)が意思表示の動機や内容において決定的な意味を持つ場合、その錯誤が「要素」にあたることを示した。特に、行政処分的な性質を伴う誤信がある場合や、特殊な時代背景がある場合の重過失の判断枠組みとして参考になる。現行法下では動機の表示(95条2項)の該当性も検討すべき論点となる。
事件番号: 昭和34(オ)329 / 裁判年月日: 昭和36年6月30日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】当事者間に特定の土地(d番地)を贈与する合意がある一方で、契約書に誤って別の地番(e番地)が記載されたにすぎない場合、誤記された地番の土地(e番地)については贈与の意思表示そのものが存在しないため、錯誤(民法95条)の適用の余地はない。 第1 事案の概要:1. 訴外Dと上告人らの先代Eとの間で、d…
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【結論(判旨の要点)】賃貸借契約において、目的物が第三者(市)の所有する道路敷地であることを知らずに私有地と誤信して契約を締結した場合、主観的にも客観的にも意思表示の内容の重要な部分に錯誤があるものとして、当該契約は無効となる(旧民法95条)。 第1 事案の概要:賃貸人Bは、実際には四日市市の市道敷地である土地を、自ら…
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【結論(判旨の要点)】動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤となるためには、表意者がその動機を法律行為の主要な内容とする意思を表示したことを要する。本判決は、この表示された動機がなければ一般取引通念上も意思表示をしなかったといえる場合には、民法95条本文(改正前)の「要素の錯誤」に当たるとした。 第1 事案の概要:被上告人(…