一 置留権のような権利抗弁にあつては、抗弁権取得の事実関係が訴訟上主張せられたとしても、権利者においてその権利を行使する意思を表明しないかぎり、裁判所においてこれを斟酌することはできない。 二 当事者の一方がある権利を取得したことを窺わしめるような事実が訴訟上あらわれたにかかわらず、その当事者がこれを行使しない場合にあつても、裁判所はその者に対してその権利行使の意思の有無をたしかめ、あるいはその権利行使を促すべき責務はない。
一 留置権の基礎たる事実関係の主張があるにすぎない場合と留置権の抗弁に関する判断の要否 二 当事者がある権利を取得したことを窺わしめる事実が訴訟上あらわれたにかからず右当事者がこれを行使しない場合における裁判所の責務
民法295条,民訴法186条,民訴法127条
判旨
留置権のような権利抗弁については、その基礎となる事実関係が主張されていても、権利者が権利を行使する意思を表明しない限り、裁判所はこれを斟酌することはできない。また、裁判所は当事者に対して権利行使の意思の有無を確認し、あるいは行使を促す責務を負うものでもない。
問題の所在(論点)
留置権の成立要件となる事実が訴訟上あらわれている場合、当事者による明示的な権利行使の主張がなくても、裁判所はこれを斟酌すべきか。また、裁判所は当事者に権利行使を促すべき釈明義務を負うか。
規範
留置権等の権利抗弁は、弁済や免除といった事実抗弁とは異なり、権利者の意思に基づく行使を必要とする。したがって、抗弁権取得の基礎となる事実関係が訴訟上あらわれていても、権利者がその権利を行使する旨の意思表示(権利抗弁の主張)をしない限り、裁判所はこれを判決の基礎として斟酌できない。また、釈明権の行使等により権利行使を促すべき義務も存在しない。
重要事実
上告人(借地権者)は、被上告人(地主)に対し、旧借地法10条に基づく建物買収請求の意思表示を行った。これにより、建物につき売買契約と同様の法律効果が生じ、上告人は代金支払を受けるまで建物の上に留置権を取得し得る状態にあった。しかし、上告人は原審において当該建物を留置する旨の抗弁を明示的に主張しなかった。そこで、裁判所が留置権を斟酌しなかったことの是非、および裁判所が権利行使を促すべき義務を負うかが争点となった。
事件番号: 昭和39(オ)125 / 裁判年月日: 昭和39年11月26日 / 結論: 棄却
論旨は、原審は上告人に買収請求権行使の点につき釈明を求むべきであつたのに右釈明義務を果たしていないという。しかし、当事者の一方がある権利を取得したことをうかがわしめるような事実が訴訟上あらわれたにかかわらず、その当事者がこれを行使しない場合にあつても、裁判所はその者に対しその権利行使の意思の有無をたしかめ、あるいは、そ…
あてはめ
本件において、上告人が建物買収請求権を行使した事実は認められる。これにより、建物代金支払請求権を被担保債権とする留置権が成立し得る状況にあったといえる。しかし、上告人は代金支払があるまで建物を留置するとの意思表明(権利抗弁の提出)を行っていない。事実抗弁と異なり、権利抗弁は権利者の利益享受の意思を尊重すべきものであるから、行使の形跡がない以上、裁判所がこれを斟酌しなかったことに違法はない。また、当事者が権利を行使しない場合に、その意思を確認したり行使を促したりすることは裁判所の責務(釈明義務)の範囲外である。
結論
留置権の行使が表明されない限り、裁判所はこれを斟酌できず、釈明義務も負わない。したがって、上告人の主張は理由がなく、原判決は維持される。
実務上の射程
権利抗弁(留置権、同時履行の抗弁、取消権、相殺権等)全般に妥当する。実務上は、主要事実の主張があっても「権利を行使する」との意思表示(抗弁の提出)を欠けば、裁判所は引換給付判決等を行うことができない点に留意が必要である。司法試験においては、弁論主義の適用範囲において事実抗弁と権利抗弁を区別する際の根拠として用いる。
事件番号: 昭和34(オ)205 / 裁判年月日: 昭和35年9月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】売買契約の成否について、原判決の事実認定に法令違背はなく、証拠の取捨選択および判断は事実審の裁量に属する事柄であるとして、上告を棄却した。 第1 事案の概要:上告人は、相手方との間で売買契約が成立したと主張したが、原審(第一審および控訴審)は、上告人が主張する経緯の一部はむしろ売買が成立しない経緯…
事件番号: 昭和31(オ)755 / 裁判年月日: 昭和32年6月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】権利濫用の抗弁は、その前提となる権利(賃借権等)の取得が認められない場合には、判断の対象とならない。また、控訴審で主張していない事実を前提とした判断遺脱の主張は、上告理由として認められない。 第1 事案の概要:上告人は、本件土地について賃借権を取得したと主張し、その上で権利濫用の抗弁を提出した。し…
事件番号: 昭和28(オ)627 / 裁判年月日: 昭和30年2月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃貸借契約における解約の申入れが効力を生じない以上、その後の明渡請求は権利の濫用を検討するまでもなく認められない。また、原判決が主たる理由に加えて権利の濫用という予備的・付加的な判示をしたとしても、主たる理由が正当である限り、その付加的部分に対する不服は上告理由として採用されない。 第1 事案の概…