消費貸借成立のいきさつにおいて、貸主の側に多少の不法があつたとしても、借主の側にも不法の点があり、前者の不法性が後者のそれに比しきわめて微弱なものに過ぎない場合には、民法第九〇条および第七〇八条は適用がなく、貸主は貸金の返還を請求することができるものと解するのを相当とする。
消費貸借成立のいきさつに不法の点があつた場合における貸金返還請求と民法第九〇条および第七〇八条の適用の有無
民法90条,民法587条,民法708条
判旨
不法な動機の告知がある貸金契約において、貸主の不法性が借主の不法性に比して極めて微弱であり、不当利得の返還を認めないことがかえって社会的妥当性に反する場合には、民法90条および708条の適用はない。
問題の所在(論点)
不法な動機(密輸出資金)を知ってなされた金銭の給付につき、不法原因給付(民法708条)として返還請求が否定されるか。特に、当事者双方に不法性がある場合における同条適用の限界が問題となる。
規範
民法708条の趣旨は、社会的妥当性を欠く行為の結果を復旧しようとする者に裁判所の助力を拒絶することにある。もっとも、同条の適用により給付の返還請求を否定した結果、かえって社会的妥当性に反する事態を招く場合には、慎重な考慮を要する。給付者に多少の不法的分子があっても、それが受益者の不法性に比して顕著に微弱であり、給付者の損失において受益者に不当な利得をさせることが著しく正義に反すると認められる場合には、民法90条および708条の適用はないと解する。
重要事実
上告人は、被上告人から密輸出計画への出資を求められたがこれを拒絶した。しかし、被上告人から準備費用の貸与を強要されたため、やむなく金15万円を通常の消費貸借として貸し付けた。契約には利益分配や損失分担の約定はなく、密輸出への使用が契約内容とされたわけでもなかった。ところが被上告人は、上告人を欺罔して本件資金を詐取した上、これを密輸出ではなく遊蕩に費消した。これに対し被上告人は、本件貸借が公序良俗に反し無効であるとして、返還を拒んだ。
あてはめ
上告人は密輸出の動機を知りつつ貸与しているが、それは被上告人の強い要請により止むを得ずなされた「普通の貸金」に過ぎず、上告人の不法性は極めて微弱である。これに対し、被上告人は上告人を欺いて資金を得ておきながら、これを遊蕩に費消し、さらに法の適用を盾に返還を免れようとしており、その不法性は極めて大きい。このような場合に708条を適用して請求を棄却すれば、被上告人に著しい不法不当な利得を許すことになり、社会的妥当性に反する。したがって、本件には民法90条・708条は適用されないというべきである。
結論
本件貸金契約を無効とし、または不法原因給付に当たるとして上告人の返還請求を棄却した原判決は、法律の解釈適用を誤った違法があるため破棄を免れない。
実務上の射程
不法原因給付における「不法の比較」を認めたリーディングケースである。答案上は、当事者双方に不法性がある場合に、不法性の程度の差(どちらが主導的か、詐欺等の有無)を事実認定に基づき対比させ、708条の適用の有無を論ずる際の規範として用いる。
事件番号: 昭和30(オ)738 / 裁判年月日: 昭和33年5月20日 / 結論: 棄却
価統制令に違反した価額で魚粕を買い受けるものであることを知りながら、その買主に買受資金を貸与した場合であつても、原審認定の事情(原判決理由参照)の下になされたものであるときは、民法第七〇八条の適用はなく、貸主は貸金の返還を請求することができる