一 家屋(空家、以下同じ。)の所有者が、これに錠をかけて鍵を所持し、又は標札貼紙等により自己の占有中である事実が第三者にもわかるようにしておかないからといつて、必ずしも所有者に家屋の所持がないとはいえない。 二 家屋の所有者が、その家屋の隣家に居住し、常に出入口を監視して容易に他人の侵入を制止できる状況にあるときは、所有者はその家屋を所持するものといえる。 三 家屋の所有者が自らこれを所持する場合に、その家屋を他に賃貸中であつても、所有者は必ずしもその所持につき「自己ノ為ニスル意思」がないとはいえない。
一 家屋所有者の家屋の所持の態様 二 賃貸借中の家屋についての所有者の所持と「自己ノ為メニスル意思」
民法180条
判旨
占有の訴えにおいて、物の「所持」(体素)は必ずしも錠の施錠や標札の設置を要さず、隣家から裏口を監視し容易に侵入を制止し得る状況にあれば認められ、かつ「自己のためにする意思」(心素)は、背後に賃貸借関係等の本権が存在する場合であっても否定されない。
問題の所在(論点)
1. 物理的な施錠や標札の設置がない場合でも、物の「所持」が認められるか。 2. 賃貸借関係等が存在し得る状況において、占有取得に不可欠な「自己のためにする意思」が認められるか。
規範
占有権は、「自己のためにする意思」をもって物を「所持」することによって取得する(民法180条)。「所持」の有無は、物がその者の支配の範囲内にあり、他人の干渉を排し得る客観的状態にあるか否かによって決せられ、必ずしも物理的な施錠や公示を要しない。また、「自己のためにする意思」は、物の所持から生ずる利益を自己に帰属させようとする意思があれば足り、本権の有無や種類によって直ちに否定されるものではない。
重要事実
家屋の所有者Bは、居住者Dから明渡しを受け、玄関を釘付けにする等の措置を講じた。Bは隣家に居住しており、当該家屋の裏口を常に監視して侵入を容易に制止し得る状況にあった。その後、Aらが当該家屋に侵入しようとした際、Bの妻がこれを制止したが、Aらは不法に侵入し占有を継続した。BはAらに対し、占有回収の訴え(またはそれに準ずる占有侵害に基づく請求)を提起した。Aらは、Bには施錠等の不備があり「所持」がないこと、また仮に賃貸借関係があればBの所持は賃借人のための事務管理であり「自己のためにする意思」を欠くと主張した。
あてはめ
1. Bは、Dから明渡しを受けた後、家屋の玄関を釘付けにしており、かつ隣家に居住していたことから、家屋全体を監視し、第三者の侵入を容易に制止し得る状況にあった。現にAらの侵入をBの妻が制止している事実に照らせば、特段の施錠や標札がなくとも、Bは本件家屋を実効的に支配(所持)していたといえる。 2. Bが自己の所有物として家屋の明渡しを受け、管理を開始した以上、その背後に賃貸借関係等の法律関係が存在したとしても、それは占有訴訟における本権の成否の問題にすぎない。Bが自ら家屋を管理・支配しようとする意思は、民法180条にいう「自己のためにする意思」に該当し、他人のための事務管理としてなされたものとは解されない。
結論
Bに占有権の成立を認めた原判決は正当であり、不法に侵入したAらはBに対し家屋を明け渡す義務を負う。
実務上の射程
占有訴訟(民法197条以下)において、本権(所有権や賃借権)の有無に関する主張は排斥される(民法202条2項)ことを前提に、占有の要素である「所持」と「自己のためにする意思」を緩やかに認定した事案である。答案上は、物理的支配が希薄な事案(不動産の空き家管理等)における占有の認定根拠として活用できる。
事件番号: 昭和29(オ)598 / 裁判年月日: 昭和31年9月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】占有者が自ら賃貸借契約の成立を主張して占有権原を基礎付けようとした場合において、その事実が認められないときは、当該占有は正当な権原に基づかない不法占有と判断される。 第1 事案の概要:上告人は、昭和26年9月1日以降、本件家屋において料亭を経営し占有していた。上告人は原審において、当該占有は同年8…