一 債務者が弁済のため現金を債権者方に持参してその受領を催告すればこれを債権者の面前に提示しなくても、現実に弁済の提供をしたものとみるのが相当である。 二 債権者が予め弁済の受領を拒み、たとえ債務者が言語上の提供をしてもこれを受領しないことが明白な場合には、債務者は、言語上の提供をしなくても、履行遅滞の責を負わない。
一 弁済のための現金の持参と現実の提供。 二 弁済を受領しないことが明白な債権者に言語上の提供をしない場合と履行遅滞。
民法493条
判旨
債権者が契約の存在を否定し、あらかじめ賃料の受領を拒絶している場合には、債務者が弁済の準備をして受領を催告する「口頭の提供」をしないときであっても、債務不履行(履行遅滞)の責任を負わない。
問題の所在(論点)
債権者があらかじめ受領を拒絶している場合、債務者が民法493条但書の「口頭の提供」を省略したとしても、なお履行遅滞の責を免れることができるか。
規範
債務者が履行遅滞の責任を負うのは、自己の責めに帰すべき事由による場合に限られる。債権者があらかじめ受領を拒絶し、債務者が口頭の提供(弁済の準備を通知して受領を催告すること)をしたとしても、債権者がこれを受領しないことが明白な場合には、形式的な口頭の提供は無意味である。したがって、かかる場合には口頭の提供がなくとも、不履行について債務者に帰責事由があるとはいえず、履行遅滞は成立しない。
重要事実
土地賃借人である被上告人(被告)は、土地の譲受人である上告人(原告)に対し、賃料を支払うべく現金を持参して3〜4回赴いた。しかし、上告人は「土地を貸すことはできない」と述べて賃貸借契約の承継自体を否定し、賃料の受領を拒絶する態度を明確にしていた。そのため、被上告人は現金を上告人の面前で提示する(現実の提供)までには至らず、またその後の毎月の賃料についても、口頭の提供を継続することなく訴訟に至った。上告人は、賃料が現実または口頭の方法で提供されていないとして、履行遅滞に基づく解除を主張した。
事件番号: 昭和30(オ)860 / 裁判年月日: 昭和33年2月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃貸人が継続的に賃料の受領を拒絶している場合、賃借人が弁済の提供を継続しなくても、その後の賃料を供託することは有効であり、賃料不払による解除は認められない。 第1 事案の概要:賃借人(被上告人)は、昭和24年から26年の各年末に賃料を持参したが、賃貸人(上告人)はこれを受理せず返還した。さらに昭和…
あてはめ
本件において、被上告人は金銭を持参しており、上告人が受領すると言えば即座に支払える準備を整えていた。上告人は賃貸借の存在を否定し、一貫して受領を拒んでいたのであるから、被上告人が口頭の提供を繰り返したとしても、上告人が受領しないことは明白であったといえる。このような状況下で形式的な口頭の提供を要求することは法的に無意味であり、賃料の不払いは専ら受領を拒んだ上告人の側に起因する。したがって、被上告人に帰責事由は認められない。
結論
被上告人は賃料支払義務の履行遅滞に陥ったとはいえず、上告人による賃貸借解除は認められない。
実務上の射程
民法492条・493条の「弁済の提供」の要否に関する重要判例である。債権者の受領拒絶が強固な場合に、口頭の提供(493条但書)すら不要とする法理(提供の免除)として位置づけられる。答案上は、解除の有効性を検討する際の「履行遅滞」の要件(帰責事由)の段階で、本判例を根拠に債務者の責任を否定する文脈で使用する。
事件番号: 昭和43(オ)34 / 裁判年月日: 昭和43年6月21日 / 結論: 棄却
(省略)
事件番号: 昭和43(オ)199 / 裁判年月日: 昭和43年11月28日 / 結論: 棄却
不動産の賃貸人が特約に基づき賃借権設定登記をする義務を負つていても、右義務と賃借人の賃料支払義務とを同時履行の関係にたたせる旨の特約がなく、かつ、登記がないため契約の目的を達することができないという特段の事情もない場合には、賃借人は、右登記義務の履行がないことを理由として賃料の支払を拒むことができない。
事件番号: 昭和42(オ)1066 / 裁判年月日: 昭和43年8月2日 / 結論: 棄却
取立払の定のある賃料について、増額請求を受けた賃借人が、賃貸人の一箇月分の賃料の取立にさいしてその全額の支払を拒絶し、その後引続き適正額の賃料の支払をも拒絶する態度を示している等判示事実関係のもとにおいては、賃貸人が客観的に適正とされる額によつて五年分の賃料を自己の住所へ持参して支払うよう催告し、催告期間内に賃借人の住…