一 医師が、患者に胆のうの進行がんの疑いがあり入院の上精密な検査を要すると診断したのに、患者に与える精神的打撃と治療への悪影響を考慮して手術の必要な重度の胆石症であると説明し、入院の同意を得ていた場合に、患者が初診でその性格等も不明であり、当時医師の間ではがんについては患者に対し真実と異なる病名を告げるのが一般的であって、患者が医師に相談せずに入院を中止して来院しなくなったなど判示の事実関係の下においては、医師が患者に対して胆のうがんの疑いがあると説明しなかったことを診療契約上の債務不履行に当たるということはできない。 二 医師が、患者に胆のうの進行がんの疑いがあると診断したのに、患者に対しては手術の必要な重度の胆石症であると説明して入院の同意を得ていた場合に、患者が初診でその家族関係や治療に対する家族の協力の見込みが不明であるので、入院後に患者の家族の中から適当な者を選んで検査結果等を説明する予定でいたところ、患者が医師に相談せずに入院を中止したため家族に対する説明の機会を失ったなど判示の事実関係の下においては、医師が患者の夫に対して胆のうがんの疑いがあると説明しなかったことを診療契約上の債務不履行に当たるということはできない。
一 胆のうがんの疑いがあると診断した医師が患者にその旨を説明しなかったことが診療契約上の債務不履行に当たらないとされた事例 二 胆のうがんの疑いがあると診断した医師が患者の夫にその旨を説明しなかったことが診療契約上の債務不履行に当たらないとされた事例
民法415条,民法709条
判旨
医師は、患者に対し精神的打撃等を考慮して真実の病名(癌)を告げない場合であっても、患者が自己の病状を軽視して治療を懈怠しないよう相応の配慮をすべきであるが、入院の必要性等を十分に説明し、本人が自発的に受診を中断したような場合には、説明義務違反(債務不履行)は成立しない。
問題の所在(論点)
医師が患者に対し、精神的打撃を考慮して真実の病名(癌)を隠し、異なる病名を告げた場合において、診療契約上の説明義務違反(債務不履行)が認められるか。特に、治療への協力を得るための「相応の配慮」の有無が問題となる。
規範
診療契約上の説明義務として、医師は、癌の疑いがある場合でも、患者の性格や家族関係、当時の医療慣行等を鑑み、精神的打撃を避けるために真実を告げない措置を講じることが許容される。もっとも、真実と異なる説明をする場合には、患者が病状を重大視せず治療に協力しなくなることのないよう「相応の配慮」をする義務を負う。また、家族への説明についても、特段の事情がない限り、入院後の適切な時期に実施することで足りる。
重要事実
患者Dは検査により胆のう癌の疑いがあったが、担当医FはDの性格等が不明で精神的打撃を考慮し、「重度の胆石症で早急な手術が必要」と説明して入院を促した。Dは旅行等を理由に入院を拒んだが、Fが粘り強く説得した結果、Dは入院を予約した。しかし、Dはその後独断で入院を延期し、医師に相談せず来院を中断。数ヶ月後に病状が悪化し、他院で癌と診断されたが死亡した。遺族は癌の疑いを説明しなかった点について債務不履行責任を追及した。
あてはめ
F医師は、Dに対し「手術が必要な重度の状態」であると強調し、二度にわたり粘り強く入院を説得して合意を得ていた。これは、真実を伏せつつも患者に事態の深刻さを認識させ、治療へ協力させるための「相応の配慮」を尽くしたものといえる。また、家族への説明も、初診で家族関係が不明な段階では、入院後に適切な者を選んで行う計画に不合理な点はなく、Dが自ら受診を中断したためにその機会を失ったに過ぎない。したがって、説明がなされなかったことを医師の責めに帰すことはできない。
結論
F医師がD及びその家族に対して胆のう癌の疑いがある旨を説明しなかったことは、診療契約上の債務不履行に当たらない。
実務上の射程
癌の告知が一般的ではなかった当時の医療水準を前提とした判決であるが、現代においても「患者の精神状態への配慮」と「治療への協力確保(インフォームド・コンセントの代替的措置)」のバランスを判断する枠組みとして機能する。特に、患者側の不協力(受診中断)が帰責事由の判断に強く影響する点に注意が必要である。
事件番号: 昭和56(オ)26 / 裁判年月日: 昭和56年6月19日 / 結論: 棄却
頭蓋骨陥没骨折の傷害を受けた患者に対して開頭手術を行う医師は、患者又はその法定代理人に対し、右手術の内容及びこれに伴う危険性を説明する義務を負うが、そのほかに、患者の現症状とその原因、手術による改善の程度、手術をしない場合の具体的予後内容、危険性について不確定要素がある場合にはその基礎となる症状把握の程度、その要素が発…