自動車に装置したデイーゼル・エンジンの排気管は、運転中著しく高温となり、これに可燃物が接触すると火災発生の危険があるのに、運転者が、排気管と接触するおそれのある状態で運転席の床にゴム板を装着し、また、運転中ゴム板の燻焦する臭気を感知したにもかかわらず、そのまま運転を継続したため、火災が発生した場合には、業務上失火罪が成立する。
デイーゼル・エンジン自動車の運転者の失火と業務上失火罪の成否
刑法11条ノ2,刑法116条2項
判旨
ディーゼル自動車の運転者は、排気管の過熱による火災発生の危険を防止すべき職務上の注意義務を負うため、運転上の不注意により火災を発生させた場合は業務上失火罪(刑法117条の2前段)が成立する。
問題の所在(論点)
ディーゼル自動車の運転という事務が、刑法117条の2前段の「業務上失火罪」における「業務」に該当するか。特に、火気そのものを直接取り扱う事務でない場合に、火災発生の危険を防止すべき注意義務の根拠が問題となる。
規範
刑法117条の2前段にいう「業務」とは、人が社会生活上の地位に基づき継続して行う事務であって、火災発生の危険を伴うものを指す。火気を直接取り扱う事務に限らず、火災発生の原因となり得る設備や機械を安全な状態に保持・運行すべき職務上の地位にある者が、その職務において要求される注意義務を怠った場合も、同罪の業務に該当する。
重要事実
被告人は、ディーゼルエンジン自動車の運転者として、同車両を運行させていた。ディーゼルエンジンの排気管は、運転中に温度が著しく上昇する特性があり、可燃物が接触すれば火災が発生する危険を孕んでいる。被告人は運転中、何らかの原因で燻焦(くんしょう)の臭気を感知したが、直ちに運転を中止して応急の措置をとるなどの注意義務を怠り、失火させるに至った。
あてはめ
まず、ディーゼルエンジンの排気管は高温となるため、可燃物との接触により火災を惹起する客観的危険がある。被告人は運転者として、車両を安全な状態に保持して運行すべき地位にあり、火災の発生を未然に防止すべき社会生活上の事務に従事しているといえる。本件では、燻焦の臭気を感知した時点で火災の兆候を予見できたにもかかわらず、運転を中止しなかった不注意が認められる。したがって、被告人が排気管の過熱等に伴う火災防止の注意義務を怠ったことは、職務上の注意義務違反に他ならない。
結論
被告人の行為には業務上失火罪(刑法117条の2前段)が成立する。上告棄却。
実務上の射程
火気を取り扱う事務そのものでなくとも、機械の性質上、火災発生の危険を伴う管理・運行業務に従事する者には本罪が適用され得る。答案上は、当該業務が「火災発生の危険を伴う事務」といえるかを、排気管の高温化といった具体的な危険性に基づき論証する際に活用する。
事件番号: 昭和58(あ)829 / 裁判年月日: 昭和60年10月21日 / 結論: 棄却
一 刑法一一七条の二にいう業務とは、職務として火気の安全に配慮すべき社会生活上の地位をいう。 二 刑法二一一条にいう業務には、人の生命・身体の危険を防止することを義務内容とする業務も含まれる。 三 ウレタンフオームの加工販売業を営む会社の工場部門の責任者として、易燃物であるウレタンフオームを管理するうえで当然に伴う火災…