一 祈祷師が、自己の行う祈祷が全然治病の効能なく、良縁、災難の有無、紛失物の行衛を知る効もないことを信じているにかかわらず、いかにもその効があるように申し欺いて祈祷の依頼者から祈祷料等の名義で金員の交付を受けるときは、詐欺罪を構成する。 二 (裁判官垂水克己の補足意見) かように依頼者が効能を期待せず且つ祈祷者において依頼者のかような意中を察して有料の祈祷等を約する場合には、たとえ祈祷者が予め依頼者に対しそれが効能あるもののように申し述べても、彼は依頼者が効能がなくても祈祷料をだすことを知つているかぎり、それだけでは彼は依頼者を欺く意思を有するものということはできない。また、祈祷者等が自から効能の可能性が多少でもあることを信ずる場合には依頼者に対し効能があると―余りに誇大でなく―申し述べても彼を欺く意思があるものということはできない。
祈祷をなし財物を取得する所為が詐欺罪を構成する事例
刑法246条,裁判所法11条
判旨
祈祷師が、自ら祈祷に治病等の効能がないと信じているにもかかわらず、効能があるように装って依頼者を欺き、祈祷料名義で金員を交付させた場合は、詐欺罪が成立する。
問題の所在(論点)
祈祷のような主観的・宗教的評価が分かれる行為において、その効能を標榜して金員を受領することが、刑法上の詐欺罪における「欺罔行為」にあたるか。また、行為者に不法領得の意思や欺罔の故意が認められるか。
規範
詐欺罪(刑法246条1項)における欺罔行為とは、財物交付の判断の基礎となる重要な事項について真実に反する表示をすることをいう。祈祷のような宗教的・超自然的行為であっても、行為者自身がその効能を全く信じておらず、かつ、相手方がその効能を信じて金員を交付する関係にある場合には、欺罔意思および欺罔行為が認められる。ただし、行為者が効能の可能性を信じている場合や、相手方が効能の有無を不問として安心等の対価として支払う場合には、欺罔にあたらない。
重要事実
祈祷師である被告人は、自ら行う祈祷について、病気治療、良縁、災難の予知、紛失物の行方捜索などの効能が全くないことを確信していた。しかし、被告人はそれらの効能があるかのように装って被害者らを欺き、これらを信じた被害者らから祈祷料等の名目で金員を受領した。
あてはめ
本件において、被告人は自己の祈祷に効能がないことを主観的に認識(確信)しており、真実を告げれば被害者が金員を交付しないことを知りながら、虚偽の効能を申し向けている。これは被害者の交付判断に影響を及ぼす重要事項についての虚偽表示であり、欺罔行為にあたる。被害者はこの言辞を信じて錯誤に陥り、金員を交付しているため、因果関係も認められる。補足意見が指摘するように、単なる宗教的儀礼への対価や、行為者自身が効能を信じている場合とは異なり、本件は純然たる欺罔の意思に基づき、相手方の無知に乗じて財物を搾取するものであるから、信教の自由を逸脱し詐欺罪を構成する。
結論
被告人の行為は詐欺罪(および一部恐喝罪)を構成する。原判決の判断は正当であり、上告を棄却する。
実務上の射程
宗教的活動の形式を借りた詐欺事案におけるリーディングケース。答案上は、祈祷という行為の特殊性(効果の非科学性)を考慮しつつも、主観的態様(行為者が真実効能がないと信じているか)と、交付の動機(相手方が効能を信じて支払ったか)を分水嶺として、詐欺罪の成否を論じる際に用いる。
事件番号: 昭和34(あ)1156 / 裁判年月日: 昭和34年9月28日 / 結論: 棄却
真実を告知するときは相手方が金員を交付しないような場合において、商品の効能などにつき真実に反する誇大な事実を告知してその旨相手方を誤信させ、金員の交付を受けた場合は、たとえ価格相当の商品を提供したとしても詐欺罪が成立する。