一 労働者が退職後、会社に対して個人的な契約上の主張をして争うことは、労働関係調整法にいわゆる労働争議にあたらない。 二 假りに被告人が被害者Aの所爲は勞働組合法第一一條に違反するとして(原判決は同條に違反すると認定したものではない)これを地方勞働委員會に提訴する權利を有すると考えたとしても、Aにおいて提訴されることは不利益な害惡であるとしてこれを避けようとすることは人情の然らしむるところであるから、其の弱點に乘じて提訴すべき旨を告知して右Aを畏怖せしめ(原判決は畏怖せしめたと認定したものである)適法に取得することのできない財物の交付を受けることは恐喝罪を構成するものと解しなければならない。
一 労働争議にあたらない一場合 二 勞働組合法第一一條違反の所爲があるから提訴すると告知して不當に財物を取得した者の責任
労働関係調整法6条,刑法249條1項
判旨
正当な権利行使の手段としてあっても、不利益な害悪の告知により相手方を畏怖させて適法に取得できない財物を交付させた場合は恐喝罪を構成する。また、退職後の個人的な主張に基づく行為は労働争議行為とは認められず、刑罰阻却事由にも当たらない。
問題の所在(論点)
1. 権利行使の手段として行われた害悪の告知が、恐喝罪における「脅迫」にあたるか。 2. 労働問題に関連した金員の要求行為が、労働争議行為として違法性を阻却されるか。
規範
1. 権利行使と恐喝罪:仮に特定の権利(地方労働委員会への提訴等)を有していたとしても、その権利行使を背景に相手方の弱点に乗じて害悪を告知し、畏怖させて適法に取得し得ない財物の交付を受ける行為は、恐喝罪(刑法249条)を構成する。 2. 労働争議行為の適法性:刑法上の違法性が阻却されるためには、行為が労働組合または労働者の団体としての争議行為にあたる必要がある。単に個人的な契約上の主張や、退職後の地位で行う行為は、労働争議行為には該当しない。
重要事実
被告人は、被害者である会社社長Aの所為が労働組合法に違反すると主張し、地方労働委員会への提訴をほのめかした。Aが不当労働行為の追及を免れたいという心理状態にあることに乗じて、提訴を避ける対価として金6万円の交付を要求し、Aを畏怖させてこれを交付させた。被告人は当時すでに退職しており、会社の労働者ではなく、その主張は個人的な契約上の不満に基づくものであった。
あてはめ
1. 被告人は提訴権という「権利」を背景にしているが、提訴を避けたいというAの心理的弱点に乗じて「提訴する」という害悪を告知した。これにより相手方を畏怖させ、当然に取得する権利のない多額の金員を交付させた事実は、恐喝罪の構成要件を充足する。 2. 被告人の行為について、被告人はすでに退職しており労働者の地位にないこと、および主張の内容が団体交渉等ではなく個人的な契約上の不満に限定されていることから、客観的に「労働争議行為」とは認められない。したがって、正当な業務行為としての違法性阻却も認められない。
結論
被告人の行為は恐喝罪を構成し、労働争議としての正当性も認められないため、有罪とした原判決は妥当である。
実務上の射程
権利行使を名目とする恐喝事案のリーディングケース。権利の存在自体は否定できなくとも、手段が社会通念上相当な範囲を逸脱し、相手方の困惑・畏怖に乗じて不当な利益を得る目的があれば恐喝罪が成立することを示す。司法試験では「権利行使と恐喝」の論点において、目的の正当性・手段の相当性・義務なきことの立証の文脈で引用される。
事件番号: 昭和26(れ)119 / 裁判年月日: 昭和26年5月8日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】権利行使を仮装したとしても、実態として正当な権利行使の意図がなく、第三者のための逃亡資金調達等の目的で脅迫を用いて金員を交付させた場合は、恐喝罪を構成する。 第1 事案の概要:被告人は、Aに対し30万円の支払を請求できる正当な貸金債権をBから譲り受け、その債権行使として5000円の交付を受けた、あ…