或る物を窃取しようとして遂げなかつたとの公訴事実に対し、被告人がその物を遺失物と誤認したとの主張は刑訴第三三五条第二項にいわゆる「犯罪の成立を妨げる理由となる事実の主張」にあたらない。
窃盗未遂の公訴事実に対し、目的物を遺失物と誤認したとの主張と刑訴第三三五第二項の主張
刑法235条,刑法254条,刑訴法335条2項
判旨
刑事訴訟法335条2項にいう「犯罪の成立を妨げる理由」とは、行為の違法性又は責任を阻却する事由を指し、単なる犯意の否認(事実の誤認)はこれに含まれない。
問題の所在(論点)
被告人が主張した「遺失物であるとの誤認(事実の錯誤)」が、判決書において判断を明示しなければならない「犯罪の成立を妨げる理由となる事実(刑訴法335条2項)」に該当するか。
規範
刑事訴訟法335条2項に規定される「犯罪の成立を妨げる理由」とは、犯罪構成要件以外の事由であって法律上犯罪の成立を阻却する事由、すなわち「行為の違法性又は行為者の主観的責任を阻却する事由」をいう。したがって、構成要件に該当する事実そのものを否定する主張、すなわち犯罪事実の否認はこれに含まれない。
重要事実
被告人が窃盗罪等の容疑で起訴された事案において、被告人側は、対象物を「遺失物であると誤認した」と主張した。一審及び控訴審は、この点について特段の判断を示さなかったため、被告人側はこれが刑訴法335条2項の「犯罪の成立を妨げる理由となる事実」の主張にあたるにもかかわらず、判決に判断の記載がない(理由不備)として上告した。
あてはめ
本件において被告人が主張した「遺失物と誤認した」という錯誤の主張は、窃盗罪の構成要件要素である「他人の財物」であることの認識を欠くという「犯意の否認」に過ぎない。これは、正当防衛や責任無能力といった、構成要件に該当することを前提に違法性や責任を阻却する事由(犯罪の成立を妨げる理由)にはあたらない。したがって、裁判所が判決においてこれに対する判断を個別に明示する必要はない。
結論
被告人の錯誤の主張は単なる犯意の否認であり、刑訴法335条2項の「犯罪の成立を妨げる理由」にあたらないため、原判決に理由不備の違法はない。
実務上の射程
刑事実務・答案作成上、故意を否定する主張(錯誤の主張等)は、本条2項の判断対象とはならず、1項の罪となるべき事実の認定の過程で排斥されれば足りることを示す射程を持つ。違法性阻却事由(35条〜37条)や責任阻却事由(39条〜41条)の主張と、単なる否認・錯誤の主張を区別する際の基礎的な判断枠組みとして活用できる。
事件番号: 昭和26(あ)1910 / 裁判年月日: 昭和26年10月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】上告趣意が事実誤認の主張に帰し刑事訴訟法405条の上告理由に当たらない場合、かつ同法411条の職権破棄事由も認められない場合には、上告を棄却すべきである。 第1 事案の概要:被告人側は上告を申し立てたが、その趣意書の内容は原判決の事実認定に不服を申し立てるものであった。これに対し、裁判所は記録を精…
事件番号: 昭和29(あ)3026 / 裁判年月日: 昭和30年4月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】事実誤認や単なる訴訟法違反の主張は刑事訴訟法405条の上告理由に該当せず、職権調査の必要性も認められない場合は上告を棄却すべきである。 第1 事案の概要:被告人側が原判決に対し事実誤認および訴訟法違反を理由として上告を申し立てた事案。なお、具体的な公訴事実や違反の内容については判決文からは不明であ…