一 旧麻薬取締法(昭和二三年法律第一二三号、昭和二八年法律第一四号により廃止)第一四条第一項の帳簿記入義務は、麻薬取締者が正規の手続を経ていない麻薬を取り扱つた場合でも、これを免れ得ないものと解するのが相当である。 二 原判決は、正規の手続を経ていない麻薬の取扱に関する事実を帳簿に記入することは、その違反行為の発覚の端諸となるものであつて、麻薬取扱者といえどもこれを期待することが不可能であるから、かかる事実を帳簿に記入しなくても、当該義務違反の罪を構成しない旨判示する。しかし麻薬取扱法者たることを自ら申請して免許された者は、そのことによつて当然麻薬取扱法規による厳重な監査を受け、その命ずる一切の制限または義務に服することを受諾しているものというべきである。されば、麻薬取扱者として麻薬を処理した以上、たとえその麻薬が取締法規に触れるものであつても、これを記帳せしめられることを避けることはできないのみならず、取締上の要請からいつても、かかる場合記帳の義務がないと解すべき理由は認められない。また麻薬取扱者はかかる場合、別に麻薬処理の点につき取締法規違反により処罰されるからといつて、その記帳義務違反の罪の成立を認める妨げとなるものではないことはいうまでもない。
一 麻薬取扱者の麻薬の不正取扱と旧麻薬取締法第一四条第一項の帳簿記入義務 二 不正に入手した麻薬の処理と麻薬取扱者の記帳義務違反罪の成否 ―期待可能性の有無―
旧麻薬取締法14条1項
判旨
麻薬取扱者が取り扱った麻薬が、正規の届出のない未報告のものであったとしても、麻薬取扱者としての記帳義務を免れない。また、自己の違反行為を記帳することが期待不可能であるとしても、麻薬取扱者の免許を受けた者は厳重な監査と義務に服することを受諾しているため、不作為による罪責を負う。
問題の所在(論点)
旧麻薬取締法14条1項(現行法32条等に相当)に基づく帳簿記入義務は、取り扱った麻薬が正規の手続きを経ていない違法なものである場合にも及ぶか。また、自己の犯罪事実の記帳を強いることが期待可能性の観点から許容されるか。
規範
麻薬取扱者が麻薬の品名・数量等を帳簿に記入すべき義務(旧麻薬取締法14条1項)は、麻薬処理の実状を明確にする点にその趣旨がある。したがって、麻薬取扱者として麻薬を取り扱った以上、たとえその麻薬が正規の手続きを経ていないものであっても記帳義務を免れない。また、免許を受けた者は法の命ずる一切の制限や義務に服することを受諾しているといえ、自己の違反行為の発覚につながる事実であっても、記帳の期待可能性が否定されることはない。
重要事実
病院の麻薬管理者が、当該病院で施用するために麻薬を交付したが、その麻薬は正規の届出がなされていない「未報告の麻薬」であった。この管理者は、帳簿に当該麻薬の品名、数量及び交付年月日を記入しなかった。原審は、自己の違反行為の発覚の端緒となる事項を記帳することは期待不可能であるとして無罪を言い渡したが、検察側が上告した。
あてはめ
麻薬取扱者は、自ら免許を申請し取得したことで、麻薬取締法規による厳重な監査と義務に服することを受諾している。そのため、取り扱った麻薬が取締法規に触れるものであっても、取締上の要請から記帳を避けることはできない。原判決がいう「違反行為発覚の端緒となるため期待不可能」との理屈は、管理制度の趣旨に照らし採用できない。さらに、麻薬処理自体の違法性について別途処罰されることは、記帳義務違反の成立を妨げるものではない。
結論
未報告の麻薬を取り扱った場合であっても、帳簿への記入義務は存続し、これを怠れば記帳義務違反の罪を構成する。原判決の無罪判決は破棄されるべきである。
実務上の射程
行政上の取締義務と刑事罰の関係、及び「期待可能性」の限界を示す。自己負罪拒絶特権との関係で、行政上の報告・記録義務が課されている場合には、たとえそれが自己の犯罪に関わる事実であっても、適法な業務の遂行が予定されている地位(免許保持者等)にある以上、期待可能性は否定されないという論法で活用できる。
事件番号: 昭和35(あ)2225 / 裁判年月日: 昭和36年5月4日 / 結論: 棄却
一 麻薬取締法第四一条の診療簿記載義務は、麻薬施用者が同法第二七条第三項に違反して不正に麻薬を交付した場合でも、これを免れ得ない 二 同法第四一条、第七一条の規定は憲法第三八条第一項に違反しない