被告人がAと互に得物をかざして相對峠し一進一退の状況にあつたという一瞬時だけを切り離して觀察すれば、被害者Bが被告人に飛び掛つて來たことは或は所論のように被告人にとつて「急迫不正の侵害」とも見え、又被告人が右Bの下腸部を突刺したことも「自己ノ權利ヲ防衞スル爲メ己ム事ヲ得ザルニ出デタル行爲」と見ら得る觀がないでもない。しかし、原審の認定したように被告人がテキ屋數名を相手として賣られた喧嘩を買うつもりで肉切包丁を携えてはじめた鬪争が進展していつた一段階として見るならば、鬪争中における形勢の幾變轉は通常必然のことであつて、被告人がAと相對峠していたとき同人を救わんとしてテキ屋の一人であるBが被告人に飛び掛つて來るようなことは數名を相手として喧嘩をする被告人の當然豫期したところでもあり、かかる危險には被告人が進んで身をさらしたものに外ならない。しかのみならず、BはAを救わんとしたもので被告人に攻撃を加えんとしたものではなく、しかも素手で飛び掛つて來たに過ぎないのである。さればこれを目して被告人に對する「急迫不正の侵害」とはいい得ないのである。又被告人がBを刺したのは、既にAの頭部に斬り付け更に追跡後引續き行つた行爲であるから、喧嘩相手の一人に對して加えた鬪争上の反撃に過ぎないものと見うるのであつてこれを目して「自己ノ權利ヲ防衞スル爲メ己ムヲ得ザルニ出デタル行爲」と斷ずることはできないのである。
鬪争中の仲間を救うため頭初局外にあつた一味の者が相手方に飛びかかつた行爲に對する相手方の反撃と正當防衞の成否
刑法36條
判旨
自ら進んで闘争を開始した者は、その闘争の過程で生じた侵害を予期し、自ら危険に身をさらしたものといえるため、相手方の攻撃を「急迫不正の侵害」と認めることはできない。
問題の所在(論点)
自ら闘争を予期して武器を携行し、積極的に加害行為に及んでいる過程で、相手方の協力者が加勢してきた場合、これに対してなされた反撃行為に正当防衛(刑法36条1項)が成立するか。
規範
「急迫不正の侵害」(刑法36条1項)といえるためには、侵害が突発的かつ一方的なものであることを要する。自ら喧嘩を買い、肉切包丁を携えて闘争に臨んだ場合、その過程で生じる反撃や加勢は当然に予期すべき範囲内であり、自ら進んで身をさらした危険については、正当防衛の前提となる急迫性が否定される。
重要事実
被告人は、被害者Aから商談を要求された際、これをテキ屋数名による喧嘩の売り込みと判断し、刃渡り約24cmの肉切包丁を携えて戸外に出た。被告人は逃げるAを追い、その頭部を斬りつけて負傷させた後、台金で対抗するAと対峙した。そこへAを救おうとしたBが素手で飛び掛かってきたため、被告人は包丁でBの下腹部を突き刺して失血死させた。
あてはめ
被告人はテキ屋数名を相手に喧嘩を買うつもりで包丁を携えて闘争を開始しており、Bの加勢は闘争の進展として当然予期すべき事態であった。Bは素手であり、劣勢のAを救おうとしたに過ぎない。一連の闘争の流れから切り離せば侵害にも見えるが、全体として見れば被告人が進んで身をさらした危険に過ぎず、急迫不正の侵害とは認められない。また、Bへの刺撃は既にAを負傷させ追跡している中で行われた闘争上の反撃であり、防衛の必要性(やむを得ない行為)も欠く。
結論
被告人の行為に正当防衛は成立せず、傷害致死罪等の成立が認められる。
実務上の射程
自招侵害における急迫性の判断基準を示した重要判例である。答案上は、侵害の急迫性を判断する際、単に時間的近接性だけでなく、行為者の主観的意図や事前の状況(喧嘩の端緒、武器の準備等)を総合考慮し、侵害を「自ら招いたもの」として正当防衛の適用を制限する論理として活用する。
事件番号: 昭和26(れ)67 / 裁判年月日: 昭和26年6月15日 / 結論: 棄却
原判決が右司法警察吏の捜査報告書の記載を証拠としたのは、専ら被害者Aの死亡した日時及び場所が判示のとおりである事実のみを認定するためであつて、その他の判示事実には閑連のないものであることは原判決自体に徴し明らかである。そして、傷害致死の罪において殺害者の死亡した日時場所は罪となるべき事実ではなく、従つて適法に証拠調を経…