一 記録によつて明らかにされたところによると、本件は單純な二個の窃盜事件であつて、その取調にも記録の整理にも多くの日數を要するほどの困難な事件ではない。そして被告人は逮捕されてから原審の公判が開かれるまで六ヶ月一〇日間引き續き拘禁されていたのであつて、その間終始犯行を否認していたので、右の公判廷で始めて自白するに至つたのである。しかも、被告人は、拘禁の途中から拘置所内の病舎に収容されるほどの病氣になつたが、これがために公判の審理が延期されて長引いたというようなこともなく、原審は一回の公判で審理を終つている。そして、被告人は、その公判に病舎から出頭して自白した上、身柄の釋放を求めているのである。この様な事情を綜合して判斷すると、被告人が原審公判廷でした自白はまさに憲法第三八條第二項にいわゆる不當に長く拘禁された後の自白に當るものどいうべきであつて、これを證據とすることは、憲法の右の條規に違反するものである。しかるに、原判決は、被告人に對する判示の窃盜の事実を認定するに當り、被告人の原審公判廷における自白を證據として採用したのであるから違法であつて、論旨は理由があり原判決は破毀を兔れない。 二 数個の犯罪が併合罪の關係にあるか否かを明らかにする必要上判決理由の冒頭に被告人が執行獪豫の判決を受けたこと及びその判決の確定した日時を記載したからといつて、右確定判決に判示された犯行につき再び審理裁判したものでない以上憲法第三九條に違反するものではなく、憲法第一三條第一四條にも違反しない。(昭和二四年(れ)第一二六〇號同年一二月二一日言渡大法廷判決參照)
一 不當に長く拘禁された後の公判廷における自白を有罪の證據とした判決の違法 二 執行獪豫中の者であることを判決文に記載することの合憲性
憲法38條2項,憲法39條,憲法13條,憲法14條,刑訴應急措置法10條2項,刑法45條
判旨
憲法38条2項にいう「不当に長く拘禁された後の自白」とは、事件の性質や手続の進捗に照らし、合理的な必要性を超えて拘禁が継続した状況下での自白を指し、証拠能力が否定される。
問題の所在(論点)
逮捕から約6か月超にわたり否認を続けていた被告人が、病状悪化による釈放を望む中で初めて行った自白は、憲法38条2項の「不当に長く拘禁された後の自白」として証拠能力が否定されるか。
規範
「不当に長く拘禁された後の自白」(憲法38条2項、刑訴法319条1項)に該当するか否かは、事件の簡複雑、取調や記録整理に要する日数、拘禁の期間、それまでの被告人の供述態度、及び自白に至る経緯等の諸事情を総合して判断すべきである。特に、事案が単純であるにもかかわらず、合理的な理由なく長期の拘禁を強いた後に得られた自白は、自白の任意性に疑いがあるものとして証拠能力を欠く。
重要事実
被告人は窃盗の嫌疑で逮捕後、捜査段階から一審公判に至るまで一貫して犯行を否認していた。しかし、逮捕から約6か月10日間継続して拘禁された後、原審(二審)の初回公判において初めて自白した。本件は単純な窃盗事件であり、取調や記録整理に格別の困難はなく、審理も1回で終結している。また、被告人は拘禁中に食道疾患を患い病舎に収容され、公判廷でも病気を治すための釈放を強く訴えている状況であった。
あてはめ
本件は単純な窃盗事件2件にすぎず、記録送付の遅延を除けば、長期の拘禁を正当化する事案の困難性は認められない。被告人が長期の拘禁および病気による身体的苦痛に晒され、釈放を切望していた状況下で、一貫した否認から一転して自白に至った事実に照らせば、当該自白は不当に長い拘禁によってもたらされたものと評価できる。したがって、心理的圧迫下での任意性のない自白と同視すべき状況にある。
結論
被告人の自白は憲法38条2項の「不当に長く拘禁された後の自白」に当たり、証拠能力を欠く。これを証拠として採用した原判決は違憲であり、破棄を免れない。
実務上の射程
自白の証拠能力に関する論点。実務上は、勾留期間の長さだけでなく「事案の軽重・難易」との相関関係で「不当」性が判断される。虚偽自白の誘発を防止する趣旨から、客観的な拘禁期間だけでなく、健康状態や釈放への期待といった主観的・状況的事実も重視されるため、あてはめではこれらの事実を具体的に拾う必要がある。
事件番号: 昭和22(れ)170 / 裁判年月日: 昭和23年7月19日 / 結論: 破棄差戻
一 公訴事實は單純な窃盜で、數は一回被害者、被疑者各一人、被害金品は全部被害者に返還せられ、現に押收されている。事件の筋は極めて簡單で、被告人の勾留を釋いても、罪證湮滅のおそれは考へられない被告人は一定の住居と生業を有し、その住居には、母妻子六人の家族があり、相當の資産もあり、年四六歳である、從つて被告人は逃亡する危險…