一 裁判所の審理が何人かの策動によつて妨害され惹いては地方の治安を紊す虞のある場合には武装警官による警戒の必要があることは固より當然のことであるから、第一審の第一回公判期日に多數の武装警官の警戒があつてもその一事をもつて直ちに公判の公平を維持し得ない虞があるものと即斷することはできないのである。 二 被告人が所論のような社會的政治的經歴と地位を有し、現に日本共産黨石川縣委員として所論のような活動をして居り、被告人に對する本件被告事件が所論のように石川縣小松市所在の株式會社A製作所の爲した從業員の大量解雇に端を發した爭議中の出來事にかかつている以上、右事件が同地方の新聞紙によつて大きく報道され、石川縣下の保守進歩の各陣営に屬する者を始めとして一般民衆は右被告事件の裁判の歸趨に甚大な關心を寄せて居ることは當然であつて、その公判に多數の傍聽人が殺到することも勿論豫期されるところである。併し右のような状況があるからと云うて、他に特別の事情の認められない限り、右被告事件の控訴審を名古屋高等裁判所金澤支部で行うときは、その公平を維持し得ない虞があるとは認められない。
一 公判が武装警察官の警戒によつて行はれた場合と管轄移轉の請求 二 管轄移轉の請求を認め得ない一場合
舊刑訴16條1項2號,憲法37條1項
判旨
管轄移転が認められるためには、地方の民心、裁判の状況その他の事情により裁判の公平を維持し得ない虞があることが必要であり、単に事件が社会的関心を集め傍聴人が殺到する等の事情があるだけではこれに該当しない。
問題の所在(論点)
被告人の社会的地位や事件の背景により、地域住民の関心が極めて高く、かつ公判に多数の警官が動員されるような状況において、刑事訴訟法上の「裁判の公平を維持することができない虞」が認められるか。
規範
刑事訴訟法17条1項2号(旧刑訴法23条)にいう「裁判の公平を維持することができない虞があるとき」とは、被告人の地位、事件の性質、地方の民心、裁判の状況その他の事情により、当該裁判所において審判を行うことが、中立公正な裁判を期待し得ない客観的な状態にあることを指す。単に事件が大きく報道され、一般民衆の関心が極めて高く、多数の傍聴人の来場が予想されるというだけでは、特段の事情がない限りこれに当たらない。
重要事実
日本共産党石川県委員である被告人が、石川県小松市の会社における大量解雇に端を発した労働争議に関する事件で起訴された。請求人は、石川県下の保守・進歩両陣営を含む一般民衆の関心が極めて高いこと、第一審判決が不当に重く正当業務行為の主張を無視したこと、及び第一審の公判で多数の武装警官が警戒に当たったこと等を理由に、名古屋高等裁判所金沢支部では公平な裁判が期待できないとして管轄移転を請求した。
あてはめ
まず、事件が大きく報道され、一般民衆が裁判の帰趨に甚大な関心を寄せ、多数の傍聴人が殺到することは、事件の性質上当然の事態であり、これをもって直ちに裁判の公平が害されるとはいえない。次に、第一審判決が特定の政治的策動や影響を受けたとの主張については、これを認めるに足りる証拠がない。また、公判において武装警官が警戒に当たることは、審理の妨害や治安の混乱を防止するために当然必要な措置であり、その一事をもって裁判の公平を維持し得ない状況にあるとは断じられない。
結論
本件控訴審を名古屋高等裁判所金沢支部で行うとしても、裁判の公平を維持し得ない虞があるとは認められないため、管轄移転の請求は棄却される。
実務上の射程
管轄移転の要件を厳格に解する裁判所の基本的な姿勢を示す。実務上、マスコミ報道の過熱や社会的な注目度のみでは管轄移転は認められず、裁判官の独立が具体的に侵害される蓋然性を示す具体的な証拠が必要となることを示唆している。
事件番号: 昭和52(す)131 / 裁判年月日: 昭和52年6月17日 / 結論: 棄却
裁判所及び裁判官が被害者であることは、その一事をもつて直ちに刑訴法一七条一項二号にいう「裁判の公平を維持することができない虞がある」場合にあたるとはいえない。