一 事實審が法の執行猶豫の言渡をするには、まずその前提として法定要件の一つである被告人が「前ニ禁錮以上ノ刑ニ處セラレタルコトナキ者」であることを判斷しなければならぬことはいうまでもない。しかしこの事實の判斷は、自由心證主義の下に經驗則に從い合理的に爲されれば足るのであるから、必ずしも常に前科調書にょつてこれが調査をしなければならぬというものではない。 二 當該事案の經緯、被告人の經歴、その他諸般の事情に照らして、被告人にかかる前科あることの疑惑の生じない場合にあつては、一應前科なきものと推斷するを妨げないのである。 三 唯前科調書による調査を經ないで前科なきことを判斷したという事だけを捉えて審理不儘又は經驗則その他の法令に違反ありと速斷することはできない。 四 かように被告人が氏名を詐稱する場合には往々前科の暴露をおそれる配慮に出ることがあり又被告人Aは前科を自白している位であるから、被告人等については、刑法第二五條第一號所定の前科に關し多大の疑惑なきを得ない事情の下にあつたと見なければならぬ。しかるに原審は、前科について他に右疑問を一掃するに足る事由が見られないにも拘わらず何等その調査を遂げた形跡もなくただ漫然として被告人等に對して執行猶豫の言渡をしている、それ故前科の有無についての判斷に關しては、十分審理を盡さなかつた違法が存するということができる。
一 執行猶豫の言渡と前科調書による調書の要否 二 被告人に前科なきことの推斷の當否 三 前科調書による調査を怪まないで前科なきことを判斷したことと審理不盡 四 前科を自白した被告人に對しその眞否につき調査せず漫然刑の執行猶豫の言渡をした判決と審理不査の違法
刑法25條
判旨
執行猶予の欠格事由たる前科の有無の判断において、前科の存在を疑わせる特段の事情がある場合には、裁判所は審理を尽くしてこれを調査すべき義務を負う。被告人が氏名を詐称していた事実や自ら前科を自白した事実は、かかる調査義務を発生させる事情に該当する。
問題の所在(論点)
刑の執行猶予の言渡しに際し、刑法25条の欠格事由たる前科の有無を調査すべき裁判所の義務の範囲、および審理不尽の有無が問題となる。
規範
刑の執行猶予を言い渡す前提として、被告人が「前に禁錮以上の刑に処せられたることなき者」(刑法25条1号)等の法定要件を満たすか否かを判断しなければならない。この事実の判断は自由心証主義に委ねられるが、被告人の経歴や事案の経緯等に照らし、前科の存在に多大な疑惑が生じている場合には、これを一掃するに足りる調査を行うべき審理尽くしの義務がある。
事件番号: 昭和23(れ)57 / 裁判年月日: 昭和23年4月23日 / 結論: 棄却
一 第一回の公判期日と被告人に對する召喚状送達との間に三日の猶豫期間がなくても被告人が右期日出頭して異議なく辯論したときはその公判手續は違法ではない。 二 犯罪の動機、被告人の人物、性格は、情状として、刑の量定の上に、重大な影響を及ぼすものであり、裁判所として、量刑に必要な限度において、詳しく取調べをしなければならぬこ…
重要事実
被告人A及びBは、当初氏名を詐称して起訴されていたが、原審第1回公判でこれを陳謝し本名を告白した。その際、被告人Aは前年に詐欺罪等で懲役刑(執行猶予付)に処せられた旨を自白した。しかし原審は、これら前科の存在を強く疑わせる事情があるにもかかわらず、前科調書等の取り調べを行わないまま、両名に対し刑の執行猶予を言い渡した。判決後、検察官の提出した記録により、両名に執行猶予中の前科があることが判明した。
あてはめ
本件では、被告人らが氏名を詐称していた事実に加え、被告人Aが前科を自白していたことから、前科の暴露を恐れて詐称した可能性が極めて高く、法定要件に関する多大な疑惑が存在していたといえる。このような状況下では、前科調書の送付が困難である等の特段の事情がない限り、漫然と事実を推断することは許されない。原審が何ら調査を遂げた形跡もなく執行猶予を言い渡したことは、十分な審理を尽くさない違法があるというべきである。
結論
被告人に前科があることの疑惑が生じている場合に、調査を尽くさず漫然と執行猶予を言い渡すことは審理不尽の違法(旧刑訴法上の法令違反)にあたり、原判決は破棄を免れない。
実務上の射程
裁判所による職権調査義務の範囲を画した判例である。答案上は、執行猶予の要件(刑法25条)の認定において、被告人の自白や不自然な言動がある場合に「審理不尽」を指摘する際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和23(れ)227 / 裁判年月日: 昭和23年6月19日 / 結論: 棄却
同一の事實について相互に矛盾する數個の證據がある場合には事實審裁判所はその自由な心證に從つてそのうち何れが眞實に符合するかを判斷して取捨選擇することができるのであつて特定の證據を他の證據より優れた證明力あるものとして他に優先して證據に採用しなければならないことはない、したがつて原審が何れも適法なものである原判決舉示の各…
事件番号: 昭和23(れ)1381 / 裁判年月日: 昭和24年3月1日 / 結論: 棄却
共同被告人の供述を被告人の自白の補強證據として採用し得ることは既に當裁判所の判例の示すとおりである。
事件番号: 昭和23(れ)1263 / 裁判年月日: 昭和24年2月15日 / 結論: 棄却
刑訴應急措置法第一二條第一項本文については、證人其他の者(被告人を除く)の供述を録取した書類又は之に代るべき書類は公判期日において被告人に對し供述者又は作成者を訊問する權利のあることを告知して其訊問の請求をするかどうかを確かめることは望ましい事ではあるが之をしなかつたからとて前記法條に違反するものでないことは當裁判所の…
事件番号: 昭和26(あ)3975 / 裁判年月日: 昭和28年3月24日 / 結論: 棄却
不能犯の主張は、原判示の如く犯罪事実の否認であつて、刑訴三三五条二項により、これに対し判断を示すべき事項ではない。