原判決は、その引用する證據によつて、被告人が單獨でAに暴行を加え同人の鼻翼部、上唇下顎部、左背部第八乃至第十一肋骨部等に全治約一ヶ月を要するような打撲傷を與えた事實を認定している。しかしその證據に引用しているAに對する司法警察官の聽取書、原審公判廷における被告人の供述及び醫師B作成の診斷書によると被告人の外に三名の者がAに暴行を加えたことAが判示のような傷害を受けたことはいずれも認めることができ殊に原審公判廷における被告人の供述によると被告人はAの頬を二、三囘毆り更に胸を突いて同人を仰向けに倒れさせたというのであるから被告人の暴行が右傷害の原因の一部をなしていることは疑ないが、前記Aの供述によれば同人は數人の者に毆られたり踏んだり蹴られたりされたというので、被告人以外の他の者の暴行が右傷害に對し全然因果關係を缺くものとは斷定しきれない。むしろ反證のない限り數名の暴行が競合して一つの傷害の結果を發生せしめたものと認むべきである。そして原判決の引用するところによつては、被告人の暴行のみによつてAに右の傷害を與へたことを認め得る證據は全くない。されば原判決は證據によらないで罪となるべき事實を認めたこととなり刑事訴訟法第三六〇條に違反したものと言はなければならない。尤も二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において暴行者の間に意思の連絡があれば共犯が成立するし、意志の連絡がなくてもその傷害を生ぜしめた者を知ることができないときは共犯の例に依るのであるから、暴行者の一人は他の暴行者の加えた傷害についても罪責を負うべきことは論を待たないが、かかる罪責を認めるためにはその事實を明かに例示して説明しなければならない。しかるに原判決にはかかる説明がないのであるから、所論のように理由の不備があり論旨は理由があるものとは言わねばならない。
共同暴行者の一人が傷害の結果を與えたものと認定した判決と理由不備の違法
刑法204條,刑法206條,刑法207條,刑法60條,刑訴法360條1項
判旨
同時傷害の特例(刑法207条)を適用して暴行者の一人に傷害罪の罪責を負わせるためには、意思の連絡がない複数の暴行者による暴行が競合して傷害の結果が発生したこと、および当該傷害を生じさせた者を知ることができないことを判決において明確に示さなければならない。
問題の所在(論点)
複数の者が暴行に関与し、誰の暴行から傷害が生じたかが判然としない場合において、被告人に傷害罪の単独正犯を認めるための要件、および同時傷害の特例を適用して有罪とするために必要な判示事項が問題となる。
規範
二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合、暴行者の間に意思の連絡があれば共犯(刑法60条)が成立し、各人は全結果について責任を負う。他方、意思の連絡がない場合であっても、各人の暴行が競合して一つの傷害結果を生じさせ、かつその傷害を生ぜしめた者を知ることができないときは、共犯の例(刑法207条)により、各暴行者は他の者が加えた傷害についても罪責を負う。これらの適用にあたっては、判決においてその要件となる事実関係を明確に判示しなければならない。
重要事実
被告人は被害者Aの頬を殴り、胸を突いて仰向けに倒れさせる等の暴行を加えた。Aは鼻翼部や肋骨部等に全治約一ヶ月の傷害を負った。証拠によれば、被告人のほかに3名の者がAに暴行を加えており、A自身も数人の者に殴られたり蹴られたりした旨を供述していた。原判決は、被告人が単独で右傷害を与えたものと認定したが、被告人以外の者の暴行が傷害と因果関係を欠くとの断定はできず、被告人の暴行のみによって傷害が生じたと認めるに足りる証拠も存在しなかった。
あてはめ
本件では被告人以外に3名が暴行に加わっており、反証のない限り数名の暴行が競合して一つの傷害が発生したものと解される。被告人の暴行が傷害の原因の一部をなしている可能性はあるものの、被告人の暴行のみによって結果が生じたとは認められない。このような場合、意思の連絡があれば共同正犯として、意思の連絡がなくとも傷害を発生させた者が不明であれば同時傷害の特例として罪責を負わせうる。しかし、原判決は単独犯として認定しながらその証拠を欠いており、かつ共犯や同時傷害の特例を適用するための具体的な事実関係の説明も欠いている。
結論
被告人に傷害罪の罪責を負わせる根拠となる事実(共犯関係の有無や同時傷害の特例の要件)が明示されていないため、理由不備または証拠によらない事実認定として、原判決を破棄し差し戻すべきである。
実務上の射程
刑事訴訟において傷害罪の罪責を問う際、単独犯としての立証が困難な場合には、刑法207条の適用要件(暴行の競合、原因者の不明)を意識した事実摘示が必要であることを示す。答案上は、因果関係の立証が困難な場面で207条を検討する際の判示のあり方として言及しうる。
事件番号: 昭和35(あ)2735 / 裁判年月日: 昭和37年5月17日 / 結論: 破棄自判
【結論(判旨の要点)】複数の者が暴行を加え、特定の負傷がいずれの者の行為によるか判明しない場合において、各行為者の間に共謀が認められないときは、刑法207条(同時傷害の特例)が適用され、各行為者は傷害罪の共同正犯の例により処罰される。 第1 事案の概要:被告人は他の数名と共に被害者に対し暴行を加えたが、被告人が中心的人…
事件番号: 平成27(あ)703 / 裁判年月日: 平成28年3月24日 / 結論: 棄却
1 同時傷害の特例を定めた刑法207条は,共犯関係にない二人以上が暴行を加えた事案において,検察官が,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち同一の機会に行われたものであることの証明をした場合,各行為者において,…