憲法第二五條第一項は、すべての國民が健康で文化的な最低限度の生活を營み得るよう國政を運營すべきことを國家の責務として宣言したものである。すなわち國民は、國民一般に對して概括的にかかる責務を負擔しこれを國政上の任務としたのであるけれども、個々の國民に對して具體的にかかる義務を有するものではない。されば、上告人が、右憲法の規定から直接に現實的な生活權が保障せられ、不足食糧の購入運搬は生活權の行使であるから、これを違法なりとする食糧管理法の規定は憲法違反であると論ずるのは、同條の誤解に基く論旨であつて採用することを得ない。同法は、國民全般の福祉のため、能う限りその生活條件を安定せしめるための法律であつて、まさに憲法第二五條の趣旨に適合する立法であると言わなければならない。されば、同法を捉えて違憲無効であるとすると論旨は、この點においても誤りであることが明らかである。
食糧管理法の合憲性と憲法第二五條第一項
憲法25條1項,食糧管理法9條,食糧管理法31條,食糧管理法施行令11條ノ5,食糧管理法施行規則23條ノ7
判旨
憲法25条1項は、国が国民一般に対して概括的に健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべき責務を宣言したものであり、個々の国民に対し具体的・現実的な権利を直接付与したものではない。したがって、食糧管理法による食糧統制は同条に違反しない。
問題の所在(論点)
憲法25条1項に基づき、国民は国家に対して具体的・直接的な生存権を有するか。また、生存に不可欠な食糧の購入・運搬を制限する食糧管理法の規定は同条に違反し無効か。
規範
憲法25条1項は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国家の責務として宣言したものである。同条により、国家は国民一般に対して概括的な責務を負担するが、個々の国民に対して直接に具体的・現実的な権利を付与するものではない。具体的権利は、同条の趣旨を実現するための社会的立法や施設の創造拡充を通じて初めて設定・充実される。したがって、立法府の広範な裁量を前提とし、その具体的立法が憲法の趣旨に著しく反しない限り、裁判所がその当否を判断すべきではない。
重要事実
被告人は、当時の極端な食糧不足の状況下において、配給食糧だけでは生命・健康を維持できないとして、許可を受けずに白米一斗・玄米二升を購入し運搬した。これが食糧管理法及び同法施行規則(食糧の無許可運搬の禁止)に抵触するとして起訴された。被告人は、当該禁止規定は生存権を保障する憲法25条に違反し無効であると主張して上告した。
あてはめ
食糧管理法は、食糧不足時における需給調整と配給統制により、国民食糧の確保と経済安定を図ることを目的としている。仮に統制を行わず自由競争に委ねれば、買占めや価格高騰を招き、大多数の国民が深刻な窮乏に陥る。このような立法は、国民全般の福祉のために生活条件を安定させるものであり、むしろ憲法25条の趣旨に適合する。個々の国民が憲法25条から直接に「不足食糧を自由に購入運搬する権利」を導き出すことはできず、法令が国民に一定の制約を課すことは、公共の福祉の観点から許容される。なお、個別の事案における具体的妥当性は、検察の起訴猶予や裁判所の量刑・違法性阻却事由の検討により図られるべき問題である。
結論
憲法25条はプログラム規定であり、個々の国民に具体的権利を直接与えるものではない。食糧管理法による統制は同条の趣旨に反せず、合憲である。
実務上の射程
生存権の法的性格を「プログラム規定」と解したリーディングケースである。答案上は、憲法25条の具体的権利性の否定、および社会権的立法の合憲性判定における立法府の広い裁量を論じる際の基礎として用いる。ただし、後の堀木訴訟等により「著しい濫用・逸脱」がある場合には司法審査が可能とされる点に留意して論述を構成すべきである。
事件番号: 昭和27(あ)3375 / 裁判年月日: 昭和29年3月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法25条1項は国政運営上の責務を宣言したものであり、個々の国民に対して具体的・現実的な権利を直接付与するものではない。したがって、生存維持を目的とした食糧管理法違反行為を処罰することも、同条に違反しない。 第1 事案の概要:被告人が、自己の生活を維持するために、当時の食糧管理法(主要食糧の配給統…