一 本件アルコールは前述のごとく社會通念上飲食物というに足る外觀形態を與えられたものではないから、飲食物等取締令第一條第一項を適用すべき場合に該當しない。そして「飲食物に供する目的を以て」販賣した事實を認定し右第二項を適用したのは正當であつて違法はない。 二 論旨は被告人Aの諸事情「少くとも被告人Aがかかる注意義務を認識し得たかどうか認識し得たとしてもその義務を履行するために適當な手段をとることが可能であるかどうか等が併せ判示せられねばならぬ」と主張する。しかしかかる事情は、舊刑訴第三六〇條第二項にいわゆる犯罪(過失犯)の成立を阻却すべき原由の範疇に該當するものと考へるを相當とする。 三 所論メタノールの鑑別が素人には困難であることは、原審裁判所に顯著な事實というばかりでなく、むしろ公知の事實というべきものであるから、證據によつて證明する必要がないものである、論旨は理由がない。 四 有毒飲食物等取締令第一条第二項にいわゆる「メタノール」とは、一〇〇パーセント又はこれに近い純度の高いメタノールだけを指すものではない。
一 飲食物の外觀形態を與へられていない「アルコール」を飲食物に供する目的を以て販賣した行爲の擬律 二 過失犯における注意義務履行の期待可能と刑訴第三六〇條第二項 三 メタノールの鑑別が素人に困難であることについて證據説示の要否 四 有毒飲食物等取締令第一条第二項の「メタノール」の意義
有毒飲食物等取締令1條1項,有毒飲食物等取締令1條2項,舊刑訴360條2項
判旨
過失犯の成立に必要な注意義務の内容は、具体的案の客観的状態において社会通念上通常一般的に要求される程度のものであり、特別の判示がない限り被告人は普通人(平均人)としての注意義務を負う。また、結果回避の可能性等の具体的事情は、犯罪成立を阻却すべき原由として主張がない限り判示を要しない。
問題の所在(論点)
過失犯の成立要件としての注意義務の基準をいかに解すべきか。また、注意義務の認識可能性や結果回避の可能性といった具体的・個別的事情を、判決において常に判示する必要があるか。
規範
過失犯の成立に関し、注意義務の内容は、当該具体的案の客観的状態において社会通念上通常一般的に要求される程度の注意を基準とする。特別の判示がない限り、被告人は普通人(平均人)として取り扱われ、普通人としての注意義務を有すると解される。また、注意義務の認識可能性や回避手段の履行可能性といった具体的・個別的事情は、犯罪の成立を阻却すべき原由に該当するため、特段の主張がない限り判決で個別的な判断を示す必要はない。
事件番号: 昭和23(れ)1197 / 裁判年月日: 昭和24年2月22日 / 結論: 破棄差戻
一 該品物がメタノールであるとのはつきりした認識なく、ただ身體に有害であるかも知れないと思つただけで有毒飲食物等取締令第一條違反の犯罪に對する未必の故意ありとはいい得ない。 二 原判決の認定した事實によれば被告人が原審相被告人等と本件メタノールを共同して購入したことは明らかであるが、本件メタノールを所持した事實及び販賣…
重要事実
被告人Aは、メタノールを含有するアルコール液(一立方センチメートル中約29.5mg〜32mg含有)を飲用目的で販売した。原審は、被告人Aに対し、有毒飲食物等取締令違反とともに過失犯の成立を認めた。これに対し弁護人は、被告人が注意義務を認識し得たか、または義務履行のための適当な手段をとることが可能であったか等の個別的事情が判示されていないとして、理由不備を主張して上告した。
あてはめ
本件において、原審が過失の認定基準としたのは「社会通念上通常一般的に要求される程度の注意」であった。これは、特段の事情がない限り被告人を「普通人(平均人)」として扱う一般的な基準に合致するものであり、十分な判示といえる。また、弁護人が主張する「注意義務の認識可能性」や「手段の履行可能性」は、過失の成立を否定する側(阻却原由)の事情であり、記録上、原審でそれらの具体的な主張がなされた形跡はない。したがって、主張がない以上、原判決がそれらについて特筆しなかったとしても理由不備の違法はない。
結論
過失の基準は平均的な普通人の注意義務によるべきであり、特段の主張がない限り、結果回避の可能性等の個別的事情を具体的に判示する必要はない。
実務上の射程
過失犯の構成要件を論じる際、特に「過失の客観化(平均人基準)」を裏付ける判例として引用できる。答案上は、まず社会通念上の客観的注意義務を認定した上で、被告人独自の特殊な事情による結果回避可能性の欠如については、被告人側からの主張・立証を要する抗弁事由に近い扱いとして構成する際の手がかりとなる。
事件番号: 昭和23(れ)1811 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 棄却
被告人はメチルアルコールを飮んで死んだり失明したりした人のあることを人から聞いて知つていた事實を確定した上、右のようなアルコールを飮用に供するために他人に賣渡すには專門家の鑑定を受けるなど科學的方法によつて法令の許容する率(一立方糎中一瓱以下)を超えたメタノールを含有するものではないことを確めた上でなければこれを賣渡し…
事件番号: 昭和23(れ)1199 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 破棄差戻
原判決は被告人A及び同Bは、何れも「判示品物がメタノールであるとのはつきりした認識はなかつたが之を飮用に供すると身体に有害であるかも知れないと思つたにも拘らずいずれも飮用に供する目的で」之を所持し又は販賣した旨説示してゐるのである、右説示では被告人等は判示品物がメタノールであることは認識していなかつたというに歸し有毒飮…
事件番号: 昭和24(れ)2864 / 裁判年月日: 昭和25年3月30日 / 結論: 破棄差戻
一 原判決が有毒飲食物等取締令犯の事實認定をし、これに對し刑法第六六條を適用したこと並びに有毒飲食物等取締令第四條第三項に同條第一項の罪を犯した者には刑法第六六條を適用しない旨規定していることは所論のとおりである。されば原判決が本件につき刑法第六六條を適用したことは法令適用の明白な錯誤であつて、判決に影響を及ぼすおそれ…
事件番号: 昭和24(れ)327 / 裁判年月日: 昭和24年7月23日 / 結論: 棄却
一 しかし、酒類製造につきの兔許を受けない者の製造したアルコール含有飮料品が往々にしてメタノール等の有毒物を含有し、人の生命健康に有害危險なものがあることは既に公知の事實である。從つて飲食物の販賣を業とする者は正規の配給所から買入れたものでない等酒類製造兔許を受けた者の製造したものであることが明らかでない酒精含有飮料品…