一 以上各事實の經過から推すと本件上訴權の抛棄には所論のような錯誤があつたものとは到底判斷することはできない、然らば被告人が一旦上訴權を抛棄すれば之に因つて上訴權は消滅し、爾後更に上訴をすることができないことは刑訴法第三八六條の規定する所である。されば本件上訴權の抛棄が錯誤に基ずくものなることを主張して之が抛棄の取消を理由とする所論は理由のないものである、從つて原決定が上訴權消滅後の控訴申立として抗告人の抗告申立を棄却したのは當然であつて、毫も憲法第三二條に違反するものでない。 二 刑訴第三七九條に所謂原審における辯護人は同第三七八條の被告人の法定代理人保佐人等と異なり、被告人の明示した意思に反して上訴することはできないのである。從つて本件において被告人が上訴權を抛棄した以上、假令法定の上訴期間が殘存し從つてこの殘存期間と雖も最早や辯護人が上訴をする譯にはゆかないことは當然の理と云わねばならぬ尤も所論憲法第三四條第三七條第三項は被抑留者若しくは被拘禁者又は被告人に直ちに辯護人を附する權利を保障し、從つて辯護人は之等の者の人權保護の萬全を期する爲め法令上種々の權義を有する所であるがさればと云つてそのことから當然に刑訴法上辯護人に被告人の法定代理人又は保佐人と同樣に被告人の明示した意思に反してまでも無制限に上訴權を認めなければならぬとの論結には到達し得ないのである。
一 上訴權消滅後の控訴申立を棄却した決定に對する抗告棄却の決定と憲法第三二條 二 被告人の上訴權抛棄後殘存上訴期間内に原審における辯護人が獨立して上訴することの可否
刑訴法386條,刑訴法397條,刑訴法379條,憲法32條
判旨
上訴権の放棄が錯誤に基づく場合であっても、それが軽率な判断に過ぎないときは無効とはならず、また、被告人が上訴権を放棄した以上、弁護人は被告人の明示した意思に反して上訴を申し立てることはできない。
問題の所在(論点)
被告人が上訴権を放棄した後に錯誤を主張してこれを取り消すことができるか、および被告人が上訴権を放棄した場合に、弁護人が独自に上訴を申し立てることができるか。
規範
1. 上訴権の放棄に錯誤があったとしても、それが単に軽卒な判断に基づくものであれば、上訴権消滅の効力は妨げられない。 2. 弁護人の上訴権(刑事訴訟法355条、旧379条)は被告人のためになされる独立の上訴権であるが、法定代理人等とは異なり被告人の明示した意思に反してこれを行使することはできない。被告人が上訴権を放棄した事実は、上訴をしないという明示の意思表示にあたる。
事件番号: 昭和23(れ)530 / 裁判年月日: 昭和24年3月23日 / 結論: 棄却
本件再上告は昭和二二年二月十三日に本件につき上告審として言渡した判決に對し刑訴應急措置法第十七條の規定にもとずいて申立てられたものであるが右規定にもとずく上告も舊刑訴法にいわゆる上告に外ならないのであるからその提起期間は同法第四一八條に定める所により五日である。
重要事実
被告人は第一審の判決宣告後、公判廷において上訴権を放棄する旨を陳述した。その後、被告人は「頭が混乱し前後を考えず浅薄に答えた」として錯誤を主張し、上訴権放棄の取消しと控訴申立てを求めた。また、被告人が上訴権を放棄した後に、弁護人も控訴を申し立てた。第一審判決の内容は、懲役刑に執行猶予が付され、被告人の自白とも合致するものであった。また、放棄の場には弁護人も立ち会っていた。
あてはめ
1. 錯誤について:被告人の上申書の内容は単に「軽卒に放棄した」ことを認めるものに過ぎず、法的保護に値する錯誤とは認められない。また、判決内容は求刑に比して有利な執行猶予付きであり、弁護人が立ち会いつつ直ちに異議を述べていない等の経過から、真意に基づかない錯誤とはいえない。2. 弁護人の上訴について:上訴権行使は被告人に経済的・精神的負担を伴うものであり、弁護人は被告人の意思に反してまで上訴する権限を有しない。被告人が自ら上訴権を放棄した以上、もはや弁護人が上訴を申し立てる余地はない。
結論
被告人の上訴権放棄は有効であり、これにより上訴権は消滅する。したがって、その後の被告人及び弁護人による控訴申立てはいずれも無効である。
実務上の射程
上訴権の放棄・取下げの効力を争う実務において、錯誤無効が認められるハードルが極めて高いことを示す射程を持つ。また、弁護人の上訴権が被告人の明示した意思に服すること(刑訴法355条但書)の根拠として答案上引用される。
事件番号: 昭和26(し)104 / 裁判年月日: 昭和27年1月8日 / 結論: 棄却
高等裁判所が刑訴第四一四条、第三七五条によりなした上告申立棄却決定に対して、最高裁判所に特別抗告をなすことは許されない。
事件番号: 昭和26(れ)1092 / 裁判年月日: 昭和26年8月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法違反を主張する上告趣意であっても、その実質が単なる量刑不当の主張に帰する場合には、適法な上告理由には当たらない。 第1 事案の概要:被告人側が憲法違反を理由として上告を申し立てた事案。しかし、その主張内容を精査したところ、実質的には量刑が重すぎるという不服申し立てにすぎないものであった。 第2…
事件番号: 昭和26(れ)1022 / 裁判年月日: 昭和26年10月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】本判決は、弁護人が主張する事案誤認および量刑不当の主張は刑訴法405条の上告理由に該当しないとし、さらに記録を精査しても刑訴法411条を適用して判決を破棄すべき事由も認められないと判断して、上告を棄却した。 第1 事案の概要:被告人が上告を申し立てた事案において、弁護人は事案の誤認および量刑の不当…