一 有毒飮食物等取締令という勅令は有効に實施せられており、而して同名の法律は存在していないのであるから、第二審判決が右勅令を昭和二一年勅令第五二號と表示すべきところを、昭和二一年法律第五二號と誤つて表示したのであることが明らかである。而して第二審裁判所が右勅令の第一條及び第四條を適用したのであるから、論旨のように罪刑法定主義の原則に反せず、從つて原判決は憲法第三一條に違反するものではない。 二 裁判所法施行令第一條の規定が憲法に適合しないものでないことは、既に當裁判所の判例とするところである。(昭和二二年(れ)第一二六號、同二三年七月一九日宣告大法廷判決參照) 三 本件に對し假りに所論のごとく刑訴應急措置法第一二條の規定の適用があるものとして、これに照して第二審判決を判斷するとしても裁判所には證人訊問をすべき職務はなく、被告人から證人訊問の請求がなければ、その供述を録取した書類を證據にとつても差支ないことは既に當裁判所の判例とするところである。(昭和二三年(れ)第一六七號同年七月一九日宣告大法廷判決參照) 四 檢事の關係人に對する聽取書における事實を被告人が否認をしていても、裁判所は被告人の右供述を採用しないで、他の證據を綜合して事實を認定できることは、寧ろ採證法上の原則であつて、彈劾主義に反するものでないことは固より憲法第三七條の趣旨竝びに刑訴應急措置法第一二條の規定に毫も抵觸するものではない。 五 本論旨は憲法適否を理由とするものでないから、刑訴應急措置法第一七條により再上告適法の理由とはならぬ。 六 檢事の理屈攻めが果して強制にあたるか否かは、具體的の事實にょつて各場合に判斷せらるべきであつて、何等具體的な事實を主張立證することなく漫然として檢事の理詰を以て強制だとすることはできない。 七 論旨は、被告人がその犯意を否定するに足る事實を公判廷で供述したのを第二審が採用しなかつたことを原上告審に對して強調したのにもかからず、原上告審は右主張を無視したのは第二審の肩を持ちすぎたものであつて、憲法第三七條第一項の公平な裁判所ということができないし又憲法第七六條第三項にいう良心に從つて裁判をしたということができぬと云うのである。しかし憲法第三七條第一項の公平な裁判所の裁判というのは、構成その他において偏頗の惧のない裁判所の裁判という意味であり、又憲法第七六條第三項の裁判官が良心に從うというのは、裁判官が有刑無刑の外部の壓迫乃至誘惑に屈しないで自己内心の良識と道徳感に從うの意味である。されば原上告審が、證據の取捨選擇に事實審の專檢に屬するものとして第二審の事實認定を是認したのは當然であつて強いて公平を缺き且良心に從はないで裁判をしたと論難することはできない。 八 刑訴應急措置法第一二條の規定は裁判所が事實認定をするに當り證據として採否を定める基準に關するものであつて、その性質上當然事實審のみに適用ある規定である。されば原上告審が證據調をしない以上、所論の第一二條但書を適用しなかつたのは誠に當然であつて、憲法第三一條違反の問題を生じない。 九 被告人の檢事に對する肯定の供述と、公判廷における否認の供述とは各別個の供述であつて、所論のように、否定という一個の觀念を構成する不可分のものではないから、肯定の供述をとり否認の供述をとらなかつたとしても違法ではない。從つて憲法第三一條に反するものではない。
一 判決における適用法規の名稱の誤記と憲法第三一條 二 裁判所法施行令第一條の合憲性 三 刑訴應急措置法第一二條第一項に基く證人訊問の請求がない場合とは規定の書類の證據能力 四 關係人に對する檢事の聽取書中の被告人の否認する部分の供述記載を證據に採ることの可否と憲法第三七條及び刑訴應急措置法第一二條 五 憲法適否を理由としない再上告の適否 六 檢事の理屈攻めと強制の有無 七 證據の取捨選擇の自由と憲法第三七條第一項及び第七六條第三項 八 上告審における刑訴應急措置法第一二條第一項但書の適用の有無と憲法第三一條 九 公判廷における否認の供述あるに拘わらず檢事に對する被告人の肯定の供述を證據に採ることの可否と憲法第三一條
憲法31條,憲法37條,憲法38條,憲法37條1項,憲法76條3項,裁判所法施行令1條,刑訴應急措置法12條1項,刑訴應急措置法12條,刑訴應急措置法17條,刑訴應急措置法10條,刑訴法337條
事件番号: 昭和25(れ)129 / 裁判年月日: 昭和25年7月7日 / 結論: 棄却
有毒飲食物等取締令第一条第二項は「メタノールは飲食ニ供スル目的ヲ以テ之ヲ販賣、譲渡、製造又ハ所持スルコトヲ得ズ」と規定しているのであつて、メタノールを買い受けた者自身において之を飲用に供すると將た又同人自身はこれを飲用せず更に他に轉賣売するとを問わず、苟くも飲用に供せられることを知りながら之を販賣することを禁止するもの…
判旨
憲法37条1項の「公平な裁判所」とは、構成等において偏頗の恐れのない裁判所を意味し、同76条3項の「良心」とは、裁判官が外部の圧迫等に屈せず内心の良識に従うことを意味する。したがって、証拠の取捨選択が事実審の専権に属することを理由に原判決を是認することは、これらの憲法規定に違反しない。
問題の所在(論点)
裁判所が特定の証拠を採用し、被告人に有利な供述を排斥して事実認定を行うことが、憲法37条1項の「公平な裁判所」による裁判、および憲法76条3項の「良心」に従った裁判に反するか。
規範
憲法37条1項にいう「公平な裁判所」とは、裁判所の構成その他において偏頗の惧(おそれ)のない裁判所という意味である。また、憲法76条3項にいう裁判官が「良心に従う」とは、裁判官が有形無形の外部の圧迫ないし誘惑に屈しないで、自己内心の良識と道徳感に従うという意味である。証拠の取捨選択および事実認定は、原則として事実審裁判所の専権に属する。
重要事実
被告人が有毒飲食物等取締令違反等で起訴された事案において、第一審および第二審は、検察官面前調書(検事聴取書)等の証拠を総合して有罪を認定した。被告人は、公判廷において犯意を否定する供述をしていたが、第二審はこれを採用しなかった。上告審(原上告審)もこの事実認定を是認したため、被告人側は、被告人に有利な供述を無視して第二審を是認した上告審の判断は、憲法37条1項の「公平な裁判所」および同76条3項の「良心に従つて」裁判をしたものとはいえないと主張して再上告した。
あてはめ
まず、憲法37条1項の「公平な裁判所」は、裁判所の組織・構成自体に偏りが存在しないことを指す概念であり、証拠の評価という裁判内容の当否を直接規律するものではない。次に、憲法76条3項の「良心」は裁判官の精神的独立を保障する趣旨であり、特定の事実認定を行ったことが直ちに良心に反するとはいえない。本件では、証拠の取捨選択は事実審の専権であるという適法な原則に基づき、上告審が第二審の認定を是認したに過ぎない。これは裁判所の構成に偏りがあることや、外部からの不当な干渉に屈したことを意味するものではないため、上記憲法各条に反する余地はない。
結論
憲法37条1項および76条3項に違反しない。証拠の取捨選択を事実審の専権として是認した原判決の判断は正当である。
実務上の射程
憲法37条1項の「公平な裁判所」および76条3項の「良心」の定義を示す古典的判例である。司法試験においては、裁判官の忌避や独立が問題となる場面で、これらの用語を定義するための規範として引用される。裁判内容の当否そのものを争う論理としては使えない点に注意が必要である。
事件番号: 昭和26(れ)1497 / 裁判年月日: 昭和26年11月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】公訴事実と裁判所が認定した事実との間に、共犯の有無、犯罪の態様、物体の数量等に多少の相違があっても、客観的出来事としての同一性を失わない限り、訴因変更等の手続を経ずとも事実認定を行うことが可能である。また、複数の販売行為を包括一罪として処理することは適法であり、併合罪として処断すべきとの主張は被告…
事件番号: 昭和25(れ)561 / 裁判年月日: 昭和25年6月22日 / 結論: 棄却
一 憲法第三二條は、憲法又は法律に定められた裁判所以外の機關によつて裁判のされることのないことを保障したものであつて、訴訟法で定める管轄權を有する裁判所において裁判を受ける權利まで保障したものではない。(昭和二三年(れ)第五一二號同二四年三月二三日大法廷判決) 二 假りに訴訟法上事物管轄權を有する第一審裁判所が東京區裁…
事件番号: 昭和26(れ)2434 / 裁判年月日: 昭和29年1月21日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法38条3項の「その被告人に不利益な唯一の証拠」に該当するか否かは、証拠全体を総合して事実認定がなされているかによって判断され、自白以外に事実を裏付ける補強証拠が存在する場合には、自白のみによる有罪判決とはならない。 第1 事案の概要:被告人Bは、第一審および控訴審において有罪判決を受けた。弁護…
事件番号: 昭和26(あ)28 / 裁判年月日: 昭和27年11月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】検察官が鑑定を命じた適式の書類が存在しない場合であっても、被告人側が公判において当該鑑定書の証拠調請求に対し異議を述べず、証拠とすることに同意したときは、これを証拠として採用することは適法である。 第1 事案の概要:被告人は、検察官が鑑定を命じた際の適式な書類(鑑定処分許可状等)が存在しないことを…