交通事故により左太腿複雑骨折の傷害をうけ、労働能力が減少しても、被害者が、その後従来どおり会社に勤務して作業に従事し、労働能力の減少によつて格別の収入減を生じていないときは、被害者は、労働能力減少による損害賠償を請求することができない。
労働能力が減少しても具体的に損害が発生していないとされた事例
民法709条
判旨
交通事故による労働能力の喪失や減退があったとしても、現実の収入減が生じていない場合には、原則として逸失利益の賠償を請求することはできない。
問題の所在(論点)
交通事故により身体的な労働能力の喪失・減退が認められるものの、事故後の現実の収入に減少が生じていない場合、不法行為(民法709条)に基づく逸失利益の賠償請求が認められるか。
規範
損害賠償制度は被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものである。したがって、労働能力の喪失・減退が認められる場合であっても、それに伴う現実の損害(収入減)が発生していない場合には、特段の事情がない限り、逸失利益としての賠償請求は認められない。
重要事実
被害者Dは、交通事故により左太腿複雑骨折という身体的後遺障害を負った。しかし、Dは事故後も従来どおり会社に勤務し、事故前と同じ作業に従事しており、本件事故による労働能力の減少に起因する格別の収入減少は生じていなかった。
あてはめ
本件において、Dは身体的な労働能力の一部を喪失しているものの、勤務状況や業務内容に変化はなく、給与等の減額も生じていない。損害賠償の目的である現実の損害の填補という観点からすれば、収入減という経済的不利益が現実化していない以上、労働能力喪失率という資料のみをもって直ちに損害の発生を認めることはできない。したがって、Dに現実の損害が生じたとはいえないと評価される。
結論
本件事故による労働能力減少による損害賠償請求は認められない。
実務上の射程
労働能力喪失と収入減が直結しない事案(差額説の立場)におけるリーディングケースである。ただし、後の判例では、現実の収入減がなくとも、本人の努力や周囲の配慮により収入が維持されているに過ぎない場合や、将来の昇給・転職等に不利益を及ぼす蓋然性がある場合には例外的に認められる余地も示されており、本判決はそれら例外がない場合の原則論として位置づけられる。
事件番号: 昭和47(オ)734 / 裁判年月日: 昭和48年11月16日 / 結論: 棄却
被害者の職業と傷害の具体的状況により、労働省労働基準局長通達に示された労働能力喪失表に基づく労働能力喪失率以上に収入の減少を生じる場合には、その収入減少率に照応する損害の賠償を請求できる。