交通事故による後遺症のために身体的機能の一部を喪失した場合においても、後遺症の程度が比較的軽微であつて、しかも被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないときは、特段の事情のない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害は認められない。
身体的機能の一部喪失と労働能力喪失を理由とする財産上の損害の有無
民法709条
判旨
後遺症が比較的軽微で現実に減収がない場合、特段の事情がない限り労働能力喪失による財産上の損害は認められないが、特別の努力による減収回避や将来の昇給・転職等における不利益のおそれがある場合には損害が肯定される。
問題の所在(論点)
不法行為に基づく損害賠償(民法709条)において、交通事故により身体機能の一部を喪失したが現実に減収が生じていない場合、労働能力喪失に伴う財産上の損害を認めることができるか。
規範
交通事故により身体的機能の一部を喪失しても、後遺症が比較的軽微であり、かつ職務の性質上現時点又は将来の減収も認められない場合には、特段の事情がない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を認める余地はない。ここでいう「特段の事情」とは、①本人が労働能力低下による減収を回復すべく特別の努力をしているため減収が生じていない場合や、②将来の昇給、昇任、転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれがある場合などを指す。
重要事実
被害者(被上告人)は、交通事故により身体障害等級14級に該当する腰部挫傷後遺症を負った。被害者は研究所の技官であり、事故後は力仕事から測定解析業務に配置転換されたが、給与面での不利益な取扱いは受けていなかった。原審は、減収がなくとも労働能力喪失そのものを損害と解し、労働能力喪失率2%・喪失期間7年間として財産上の損害を認めたため、加害者が上告した。
あてはめ
被害者の後遺症は14級程度で機能・運動障害を伴わない比較的軽微なものであり、事故後の給与も減少していない。この場合、現状において財産上の不利益を被っているとは認め難い。それにもかかわらず損害を認めるには、被害者が特別の努力によって減収を食い止めている事情(①)や、技官としての将来の昇進・転職等において経済的不利益を被る具体的なおそれ(②)といった「特段の事情」の存否を確定すべきであるが、原審はこれらを審理せずに損害を肯定しており、不当である。
結論
減収がない場合、原則として労働能力喪失による財産上の損害は否定されるが、減収を補う特別の努力や将来の不利益のおそれといった「特段の事情」がある場合には例外的に肯定される。本件は当該事情の審理を尽くさせるため原審へ差し戻された。
実務上の射程
労働能力喪失による損害(逸失利益)の算定において、差額説(減収の有無)と喪失説(機能喪失自体を損害とする)の調整を図った射程の長い判例である。答案上は、まず「原則:減収がなければ損害なし」と示した上で、問題文中の事実(配置転換、本人の努力、将来のキャリアへの影響)を拾い、「特段の事情」の有無を検討する際の具体的メルクマールとして活用する。
事件番号: 昭和47(オ)734 / 裁判年月日: 昭和48年11月16日 / 結論: 棄却
被害者の職業と傷害の具体的状況により、労働省労働基準局長通達に示された労働能力喪失表に基づく労働能力喪失率以上に収入の減少を生じる場合には、その収入減少率に照応する損害の賠償を請求できる。