一、 現金出納の権限のない村長が村の名において他人より金員を借り入れ、これを自ら受領したにとどまる場合は、右金員の借入が村議会の決議に基づいても、その他人と村との間には右金員の消費貸借は成立しない。 二、 右の場合、村につき民法第一一〇条所定の「代理人カ其権限外ノ行為ヲ為シタル場合」に該当するものとして、同条の類推適用によりその責任を認めるのが相当である。 三、 一の場合村長がたんに村上席書記を帯同のうえ、貸主に前記決議書抄本を呈示した事実のみから、ただちに貸主が村長に借入金受領の権限があると信ずべき正当の理由があつたと断ずるのは違法である。
一、 村長の借入金受領と消費貸借の成否 二、 村長の借入金受領行為と民法第一一〇条の類推適用 三、 民法第一一〇条所定の代理権ありと信ずべき正当の理由があつたとの判断が違法とされた事例
地方自治法149条,地方自治法170条,民法587条,民法110条
判旨
普通地方公共団体の長が権限なく現金の交付を受けた場合、民法110条が類推適用され得るが、出納事務が収入役の専権であることは法令上明白であるため、特段の事情がない限り、相手方が長に受領権限があると信じたことについて正当な理由があるとは認められない。
問題の所在(論点)
地方公共団体の長が法令上の権限を逸脱して金員を受領した場合に、民法110条(表見代理)の類推適用による公法上の責任を認めることができるか。特に、相手方が長に受領権限があると信じたことについての「正当な理由」の有無をいかに判断すべきか。
規範
1. 普通地方公共団体の長が法令上の権限(出納権限)を超えて借入金を受領した場合、民法110条を類推適用し、表見代理の成立を認める余地がある。2. もっとも、地方公共団体の現金出納事務が収入役の専権に属し、長にその権限がないことは法令の規定上明らかである。したがって、相手方が長に受領権限があると信じたことにつき「正当な理由」が認められるためには、単に長の主観的意図や一般的信頼のみでは足りず、権限の存在を信じさせるに足りる「特殊の事情」の存在を要する。
重要事実
村(被告・上告人)の村長が、村議会の借入決議書抄本を携え、事務局長と旧知の間柄であった組合(原告・被上告人)に対し、村名義で50万円の借入れを申し入れた。組合はこれに応諾し、借用書類を作成した上で、即時その場で村長に現金を交付した。しかし、当時の地方自治法上、現金の出納事務は収入役の専権事項であり、村長には受領権限がなかった。村長が受領した金員が収入役の手元に渡った事実は立証されなかったため、組合は村に対し、110条類推適用による貸金返還請求を行った。
あてはめ
本件において、村長が借入決議書を提示し、事務局長と熟知の間柄であった事実は認められる。しかし、地方自治法の規定により、現金の出納権限が収入役にのみ帰属し、長には存在しないことは法的に明瞭である。このような法令上の制限が存在する場合、相手方は法的に権限がないことを知り得べき立場にある。それゆえ、単に決議書があることや知人関係であることのみをもって、当然に受領権限があると信じることはできない。他に「特殊の事情」が判示されない限り、組合側に「正当な理由」があるとは判断し得ない。
結論
村長に受領権限があると信じたことに「正当な理由」があるとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤ったものであり、破棄を免れない。本件を差し戻す。
実務上の射程
地方公共団体との取引における表見代理の成否に関する重要判例である。法令によって権限分配が明確に定められている場合、私的取引に比べて「正当な理由」の認定は極めて厳格になされる。答案上では、相手方の善意・無過失を論じる際、単なる事実上の信頼ではなく、法令の不知を正当化する「特殊の事情」を指摘する必要がある。
事件番号: 昭和31(オ)369 / 裁判年月日: 昭和34年6月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】特定の代理権(基本代理権)を有する者が、その権限を越えて代理行為をした場合において、相手方がその代理権があると信ずべき正当な理由があるときは、民法110条の権限外の行為の表見代理が成立する。 第1 事案の概要:上告人の代理人Dは、被上告組合からの立替金名義による金員の借入れおよび同組合に対する預金…