一 隠居者の財産保留は、家督相続人との合意の下になされたときは、確定日附がなくとも、当事者間においては効力があるものと解するを相当とする。 二 隠居者が確定日附ある証書による財産保留をしなかつたため、家督相続人において建物の所有権を相続したとしても、原審認定の事実(原判決参照)の下に、隠居者がこれを有効に保留し得たものと信じたのは過失がない。 三 隠居者の財産全部の保留は、相続人の遺留分について問題を生ずるだけで、保留を全面的に無効ならしめるものではない。
一 隠居者と家督相続人との合意の下になされた、確定日附のない財産留保の効力 二 民法第一六二条第二項の無過失の一事例 三 隠居者が相続財産全部を保留した場合の効力
旧民法988条,民法162条2項,民法90条
判旨
隠居者の財産留保は、家督相続人との合意があれば確定日付がなくとも当事者間では有効であり、また財産全部を留保しても当然には無効とならない。法律に通暁しない者が有効な留保があると信じて所有の意思で占有を継続した場合、占有の開始について過失がないと認められる。
問題の所在(論点)
旧民法下の隠居に伴う財産留保が確定日付の欠如や財産全部の留保により無効となるか。また、これらを有効と信じて占有を継続した者に、民法162条2項の短期取得時効の要件である「無過失」が認められるか。
規範
1. 隠居による家督相続に際しての財産留保は、家督相続人との合意があれば、確定日付を欠いていても当事者間において効力を生ずる。2. 財産全部を留保したとしても、相続人の遺留分を侵害する問題が生じ得るにとどまり、留保自体が全面的に無効となるものではない。3. 民法162条2項の「過失がない」とは、占有開始時に自己に所有権があると信じたことにつき、当時の諸事情に照らしてやむを得ない事情があることをいう。
重要事実
隠居したDは、家督相続人との合意に基づき本件不動産を留保した。しかし、当該留保には確定日付がなく、また財産全部を対象とするものであった。Dは、法律知識に乏しく、本件不動産の留保が有効に成立したと信じて、所有の意思をもって占有を継続した。
あてはめ
まず、財産留保の効力について、家督相続人との合意がある以上、当事者間では確定日付は絶対的要件ではなく、また全部留保も遺留分の問題を生じさせるにすぎないため、Dと相続人間の合意は有効である。次に、無過失の判断について、Dは法律に通暁しない者であり、上記合意により有効に財産を留保し得たと信じて占有を開始したことは「無理からぬこと」といえる。したがって、占有開始について過失は認められない。
結論
本件不動産の留保は当事者間では有効であり、Dがこれを有効と信じたことには過失がないため、短期取得時効(民法162条2項)が成立する。
実務上の射程
取得時効の「無過失」について、法律知識の欠如や当時の合意の存在という具体的背景を考慮して緩やかに肯定する際の論拠として活用できる。また、隠居に伴う財産留保の対抗要件(確定日付)の要否は、当事者間と第三者間を区別して判断する指針となる。
事件番号: 昭和27(オ)371 / 裁判年月日: 昭和29年12月24日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】隠居による財産留保は、家督相続人との合意があれば確定日付がなくとも当事者間では有効であり、また財産全部を留保しても当然には無効とならない。これに基づき有効に留保したと信じて占有を継続した者について、取得時効における善意・無過失を認めた。 第1 事案の概要:隠居したDが、家督相続人との合意に基づき本…
事件番号: 昭和25(オ)190 / 裁判年月日: 昭和29年1月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】隠居時の財産留保の意思表示は、隠居の前に確定日付ある証書でなされれば足り、隠居時までその意思が持続していると認められる限り、確定日付から隠居まで時間的間隔があっても有効である。また、財産留保が遺留分を侵害しているとの主張は抗弁であり、それを主張する側に主張・立証責任がある。 第1 事案の概要:上告…
事件番号: 昭和27(オ)248 / 裁判年月日: 昭和29年12月21日 / 結論: 棄却
債務者が遅滞に陥つたときは、債権者は、期間を定めずに催告した場合でも、催告の時から相当の期間を経過すれば、契約を解除できるものと解すべきである。
事件番号: 昭和26(オ)327 / 裁判年月日: 昭和28年12月15日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】不動産の譲受人が、贈与を受けたと信じて占有を開始した場合、民法162条2項の「無過失」は、贈与により所有権を取得したと信じることについて過失がなければ足りる。この際、不動産に贈与者名義の登記があることを知っていたか否かは、過失の有無の判断に影響しない。 第1 事案の概要:上告人は、本件不動産を贈与…