知事が農地調整法第九条第三項によつて農地賃貸借解約を許可した後は、許可申請書に事実にあわない記載があり、錯誤によつて許可したものとしても申請者側に詐欺等の不正行為があつたことが顕著でない限り、それだけの理由で、さきの許可処分を取り消すことはできない。
農地調整法第九条三項による賃貸借解約許可を、許可申請書の不実の記載に基く錯誤を理由として取り消すことの可否
農地調整法9条3項
判旨
行政庁が自ら行った許可処分の取消し可否は、法律が達成しようとする公益上の必要性や処分の性質によって決まる。申請に不実があったとしても、詐欺等の不正が顕著でない限り、法的秩序の客観的安定性を優先し、事後的な調査不備等を理由とする取消しは認められない。
問題の所在(論点)
行政庁が一度与えた許可処分を、後に申請内容の不実や調査不足を理由に自ら取り消すことができるか(職権取消しの制限)。
規範
行政庁が自ら処分を取消しうるか、すなわち処分の拘束力をどの程度認めるかは、各処分について授権をした当該法律が達成しようとする公益上の必要、すなわち処分の性質によって定まる。申請者に詐欺等の不正行為が顕著でない限り、法的秩序の客観的安定性を確保する要請が、行政庁内部の調査不備等の事情に優先し、処分の拘束力が認められるべきである。
重要事実
被上告人は農地調整法9条3項に基づき農地賃貸借の許可を申請し、都道府県知事(上告人)から許可処分を受けた。しかし、処分後に再調査したところ、申請書の記載事項と事実に相違があることが判明した。上告人は、要素の錯誤があること、および不実の記載がある処分を存置することは一般農民に悪影響を及ぼし公益に反することを理由に、右許可処分を職権で取り消した。
事件番号: 昭和26(オ)384 / 裁判年月日: 昭和27年11月7日 / 結論: 棄却
昭和二二年法律第二四〇号による農地調整法改正前においては、農地賃貸借の合意解約について、同法第九条第三項による知事の許可を要しない。
あてはめ
農地調整法上の許可は、単に申請者に利益を与えるだけでなく、利害の反する賃貸借の両当事者を拘束する法律状態を形成する。本件では申請書に不実の記載があったとしても、知事は法令の基準に従い諸般の事情を考慮して許可を決すべき立場にある。申請者に詐欺等の顕著な不正がない限り、許可後の取消しを認めると、耕作者の地位の安定を図る同法の目的に反し、法的秩序の安定が損なわれる。上告人が主張する「事実との相違」は、自身の調査不充分という内部的事情に過ぎず、既成の法的秩序を覆してまで取消しを断行すべき公益上の必要性は認められない。
結論
本件許可処分の取消しは認められず、取消処分を無効とした原判決は正当である。上告を棄却する。
実務上の射程
授益的行政処分の職権取消しを制限する法理(信頼保護・法的安定性)を示す重要判例である。答案上は、法律に職権取消しの規定がない場合でも、処分の性質や公益的必要性の比較衡量によって取消しが制限され得ることを論じる際に引用すべきである。特に、第三者の権利に影響を及ぼす「二面的な効力」を持つ処分の安定性を重視している点が特徴的である。
事件番号: 昭和30(オ)417 / 裁判年月日: 昭和31年4月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】行政庁が一度行った農地賃貸借解約許可処分は、当該許可に基づき解約の申入れがなされ、既に解約の効力が生じている場合には、私法上の形成効果が確定しているため、もはや行政庁においてこれを取り消すことはできない。 第1 事案の概要:上告人は農地法(旧農地調整法)に基づき、知事から農地賃貸借の解約許可を受け…
事件番号: 昭和26(オ)257 / 裁判年月日: 昭和34年3月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】農地法(旧農地調整法)上の「一時賃貸借」に該当する場合、賃貸借の解約等について知事の許可を要せず、便宜的になされた許可における正当事由の有無も問題とならない。 第1 事案の概要:農地の賃借人と賃貸人の間において、当該賃貸借契約が一時的なものであると認定された事案。知事は便宜的に当該賃貸借に関する許…
事件番号: 昭和24(オ)264 / 裁判年月日: 昭和28年4月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】農地調整法に基づく土地引上許可において、地主の自作を相当とする事情があり、かつ賃借人の生活維持に支障がない等の要件を満たす場合は、当該許可は適法である。 第1 事案の概要:地主Dは、昭和21年11月に本件農地の契約更新拒絶を通知した。その後、第二次農地調整法改正により地方長官(県知事)の許可が有効…