一 買主が目的物を引き渡さないため売買契約が解除された場合において、売主の受くべき填補賠償の額は、解除当時における目的物の時価を標準として定むべきで、履行期における時価を標準とすべきではない。 二 甲が乙から昭和二一年一〇月中物品を代金二万五千円で買い受け、乙が目的物を引き渡さないため同二二年九月右売買契約を解除したところ、右契約締結の当時インフレーションのため物価騰貴の状勢にあり、解除当時においては目的物の価格が八万円を下らなかつたときは、右価格と売買代金との差額五万五千円は、乙の債務不履行により甲に通常生ずべき損害と認むべきである。 三 鑑定人が目的物を実見しないでなした物の価格の鑑定の結果を証拠として採用しても、違法ではない。
一 物の引渡を目的とする債務の不履行を原因として契約が解除された場合における填補賠償額算定の標準時期 二 民法第四一六条第一項にいわゆる通常生ずべき損害と認むべき一事例 ――インフレーションによる物価騰貴に基く損害に関する―― 三 目的物を実見せずになした物の価格の鑑定の結果を証拠として採用することの適否
民法416条,民法541条,民法545条,民法415条,民訴法第2編第3章第3節鑑定,民訴法394条
判旨
売主の債務不履行により売買契約が解除された場合の履行に代わる損害賠償(填補賠償)の額は、解除当時における目的物の時価を標準として算定すべきである。
問題の所在(論点)
売買契約が債務不履行により解除された場合における履行に代わる損害賠償額の算定基準時(履行期か解除時か)。
規範
債務不履行により契約が解除された場合、買主は解除により初めて目的物の給付請求権を失い、これに代わる損害賠償請求権を取得する。したがって、履行に代わる損害賠償額は、原則として解除当時における目的物の時価を標準として算定すべきである(民法416条1項)。
重要事実
売主(上告人)が売買の目的物を給付しなかったため、買主(被上告人)が売買契約を解除した事案。買主側は履行に代わる損害賠償を請求したが、その損害算定の基準時が「履行期」か「解除時」かが争点となった。また、一審・二審が採用した鑑定について、目的物を直接点検(実見)せずになされたものであったことから、その証拠能力の適否も争われた。
あてはめ
解除までは買主は給付請求権を有し、売主は給付義務を負っている。解除によりこの関係が消滅し、損害賠償義務へと転化するものであるから、解除時を基準とするのが合理的である。また、損害算定の基礎となる鑑定について、目的物の実見は必須ではなく、実見のない鑑定結果を採用するか否かは裁判所の自由な心証(裁量)に委ねられる。本件では解除時の時価を標準とした原審の判断に違法はない。
結論
債務不履行による解除に基づく損害賠償額は、解除当時の価格を標準として定めるべきであり、履行期の価格を標準とすべきではない。
実務上の射程
填補賠償の算定基準時に関するリーディングケースである。契約解除を伴う場合は、本判例に基づき「解除時」を基準とするのが実務上・答案上の原則となる。ただし、解除後にさらに価格が騰貴したような場合には、民法416条2項(特別事情)の適用の有無が別途問題となり得ることに留意が必要である。
事件番号: 昭和32(オ)710 / 裁判年月日: 昭和35年4月14日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】売買契約解除による損害賠償において、解除時の時価が約定価格より低い場合はその差額を通常損害とし、時価以下で売却せざるを得ない特別事情がある場合はその差額を特別損害とする。 第1 事案の概要:売主(被上告人)は、債務整理の必要から買主(上告人)に物件を売却したが、買主が代金支払を怠ったため契約を解除…
事件番号: 昭和27(オ)105 / 裁判年月日: 昭和29年5月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】売買契約が解除された場合における債務不履行を理由とする損害賠償額は、目的物の引渡しがなされていれば買主が享受できたはずの解除当時の時価と代金との差額を含む。 第1 事案の概要:被上告人(買主)は、上告人(売主)から製麺機械を買い受ける契約を締結したが、上告人の債務不履行により当該契約を解除した。本…
事件番号: 昭和28(オ)1027 / 裁判年月日: 昭和31年12月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】売買契約解除後の損害賠償額の算定において、解除当時における目的物の時価相当額を標準として、商人である買主に通常生ずべき損害を算定することは正当である。 第1 事案の概要:木材販売業者である被上告人と、上告人との間で木材の売買契約が締結された。上告人(売主)の木材引渡義務について債務不履行が発生した…