自動車損害賠償保障法七二条一項前段による請求権の消滅時効は、ある者が交通事故の加害自動車の保有者であるか否かをめぐって、右の者と当該交通事故の被害者との間で同法三条による損害賠償請求権の存否が争われている場合においては、右損害賠償請求権が存在しないことが確定した時から進行する。
ある者が交通事故の加害自動車の保有者であるか否かをめぐって争いがある場合における自動車損害賠償保障法七二条一項前段による請求権の消滅時効の起算点
民法166条1項,自動車損害賠償保障法3条,自動車損害賠償保障法(平成7年法律第137号による改正前のもの)72条,自動車損害賠償保障法(平成7年法律第137号による改正前のもの)75条
判旨
ひき逃げ等により加害者が不明な場合の政府に対する損害てん補請求権の消滅時効は、加害者と目される者に対する自賠法3条の請求権の不存在が確定した時から進行する。民法166条1項にいう権利を行使し得る時とは、法律上の障害がないだけでなく、権利の性質上、現実に権利行使を期待できることを要するからである。
問題の所在(論点)
加害者が不明な場合の政府に対する損害てん補請求権(自賠法72条1項)の消滅時効の起算点(民法166条1項の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」)はいつか。
規範
民法166条1項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、単に権利行使に法律上の障害がないだけでなく、権利の性質上、その行使が現実に期待できるものであることを要する。自賠法72条1項の政府に対する損害てん補請求権は、自賠法3条の請求権に対し補充的な性質を有し、両者は両立せず主観的予備的併合も許されない。したがって、加害車両の保有者か否かが争われている場合、自賠法3条による請求権が存在しないことが確定するまでは、政府への請求を期待することは困難であるため、当該不存在の確定時から時効が進行する。
重要事実
上告人は、ひき逃げ事故により後遺障害を負った。事故直後、飲酒運転をしていたDが加害者と目され、D自身も一度は罪を認めて見舞金を支払うなどしていたが、後に嫌疑不十分で不起訴となった。上告人はDを被告として損害賠償請求訴訟を提起したが、Dが加害車両の保有者であるとは認め難いとして請求棄却判決が確定した。その後、上告人が自賠法72条1項に基づき政府(被上告人)に損害てん補を求めたところ、政府側は症状固定時から2年の消滅時効が経過したと主張した。
あてはめ
本件において、上告人は当初Dが加害者であると信じるに足りる事情があり、実際にDから治療費相当の給付も受けていた。政府に対するてん補請求は、自賠法3条の請求権が認められない場合に初めて認められる補充的権利であり、上限額もある。加害者と目されるDに対する訴えと政府に対する請求は両立せず、同時に行使することを要求するのは酷である。したがって、Dに対する損害賠償請求権の不存在を理由とする敗訴判決が確定した昭和64年1月6日までは、政府への請求権行使は現実に期待できない。ゆえに、その翌日である同月7日から時効が進行すると解される。
結論
上告人の政府に対する請求権は、Dに対する敗訴判決確定の翌日から時効が進行するため、本件訴え提起時にはいまだ時効は完成していない。消滅時効の成立を認めた原判決は破棄される。
実務上の射程
消滅時効の起算点について「事実上の障害」を「現実に期待できること」という規範を通じて考慮する際のリーディングケースである。特に、補充的性質を有する権利や、二者択一的な法的地位にある場合、先行する紛争の確定を待つ必要がある場面での論証に活用できる。ただし、本件は加害者が自認するなど被害者が加害者を特定できなかったことに過失がない特段の事情があることに留意すべきである。
事件番号: 昭和58(オ)484 / 裁判年月日: 昭和58年11月11日 / 結論: 棄却
交通事故の被害者が、加害者として取調べを受けたうえ業務上過失致死傷罪で起訴され、一審で有罪判決を受けたものの二審で無罪判決を受け、同判決が確定したなど、原判示の事情のもとにおいては、被害者に対する右無罪判決が確定した時をもつて、民法七二四条にいう「加害者ヲ知リタル時」というべきである。
事件番号: 平成16(受)29 / 裁判年月日: 平成17年6月2日 / 結論: その他
1 自動車損害賠償保障法72条1項後段の規定による損害のてん補額支払義務は,期限の定めのない債務であり,政府が被害者から履行の請求を受けた時から履行遅滞となる。 2 自動車損害賠償保障法72条1項後段の規定による損害のてん補額の算定に当たり,被害者の過失をしんしゃくすべき場合であって,国民健康保険法58条1項の規定によ…