一 国鉄公傷年金証書は、刑法にいわゆる財物にあたる。 二 国鉄公傷年金証書はこれを債権の担保に供することは法令上禁止され無効であるとしても、該年金の受給者がその証書を債権担保のため債権者に差入れた後債権者を欺罔して右証書を交付させたときは、刑法第二四二条にいわゆる「他人ノ財物ト看做」された自己の財物を騙取した詐欺罪が成立する。
一 国鉄公傷年金証書は財物か 二 担保に供した国鉄公傷年金証書に対する詐欺罪の成立
刑法242条,刑法246条1項,刑法251条,国有鉄道共済組合規則(昭和15年鉄道省令7号)34条,国有鉄道共済組合規則(昭和135鉄道省令7号)31条,公共企業体職員等共済組合法29条,恩給法11条
判旨
詐欺罪における財産的損害は、個々の財物に対する事実上の占有それ自体の侵害を以て足りる。したがって、自己の所有物を他人が占有している場合、その占有に正当な権限があるかを問わず、欺罔手段を用いてこれを取り戻す行為は詐欺罪を構成する。
問題の所在(論点)
法律上無効な担保契約に基づき、正当な占有権限がない者が所持する自己の所有物を、欺罔手段を用いて取り戻した場合に、刑法246条1項の詐欺罪(同251条・242条)が成立するか。財産的損害の要件と、不法な占有の保護の可否が問題となる。
規範
刑法における財物罪の規定は、人の財物に対する事実上の所持(占有)そのものを保護の対象とするものである。したがって、所持者が法律上の正当な権限を有するか否かを問わず、物の所持という事実上の状態自体が独立の法益として保護され、不正な手段による侵害は許されない。また、刑法242条(251条で準用)の規定により、他人が占有する自己の財物は「他人の財物」とみなされ、詐欺罪の客体となり得る。
重要事実
被告人は、金員を借り受けるに際し、自己が所有する国鉄公傷年金証書を担保として債権者Aに差し入れ、その占有を移転させた。その後、被告人は欺罔手段を用いて、Aから当該証書を交付させた。なお、法令上、公傷年金の受給権を担保に供することは禁止されており、担保設定自体は法律上無効であった。
あてはめ
本件における公傷年金証書の担保提供は法令により禁止され無効であるが、Aが当該証書を事実上所持していた事実は認められる。詐欺罪は個々の財物に対する事実上の所持それ自体を保護の対象とするものであるから、Aの所持が法律上無効な担保契約に基づくものであっても、その所持という事実上の状態は独立の法益として保護される。よって、欺罔手段を用いて自己の所有物を取り戻す行為は、Aの事実上の所持を侵害したといえ、他人の財物(242条)を騙取したものと解される。財産的損害についても、必ずしも全体的な財産減少を必要とせず、個別財物の占有移転をもって認められる。
結論
被告人の行為は、刑法242条により他人の財物とみなされる自己の財物を騙取したものとして、詐欺罪(246条1項、251条)が成立する。
実務上の射程
本判決は、財産犯の保護法益につき、本権だけでなく占有そのものを保護する「占有説」の立場を明確に示したものである。答案上は、詐欺罪における財産的損害の成否や、不法な占有(盗品や無効な契約に基づく占有)の侵害が財産犯を構成するかを論じる際の核心的な根拠として用いる。特に「事実上の所持という状態それ自体が独立の法益」というフレーズは汎用性が高い。
事件番号: 昭和46(あ)616 / 裁判年月日: 昭和47年3月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】詐欺罪における財物の交付とは、欺罔行為に基づく錯誤によって財物の現実の占有移転がなされることをいい、実体法上の権利移転や私法上の効果の有無は同罪の成否に影響しない。 第1 事案の概要:被告人が、欺罔行為を用いて相手方から財物の交付を受けた。これに対し、弁護人は、交付後もなお交付者が占有権に基づき返…