刑法第二〇八条にいわゆる暴行とは、人の身体に対し不法な攻撃を加えることをいい、加害者が、室内において相手方の身辺で大太鼓、鉦等を連打し、同人等をして頭脳の感覚が鈍り意識もうろうたる気分を与え、または、脳貧血を起させたりする程度に達せしめたる場合をも包含するものと解すべきである。
刑法第二〇八条にいう暴行の意義
刑法208条
判旨
刑法208条にいう暴行とは人の身体に対し不法な攻撃を加えることをいい、身辺での大太鼓や鉦の連打により相手に意識朦朧等の状態を生じさせた場合はこれに該当する。また、労働組合法1条2項による正当行為の保護は、刑法上の暴行罪や脅迫罪に当たる行為にまで及ぶものではない。
問題の所在(論点)
1. 被告人らが被疑者らの身辺で大太鼓等を連打した行為は、刑法208条の「暴行」に該当するか。 2. 労働組合による職場交渉の一環として行われた当該行為が、労働組合法1条2項(刑法35条)の「正当行為」として違法性を阻却されるか。
規範
1. 刑法208条の「暴行」とは、人の身体に対する不法な攻撃をいう。直接的接触を伴わずとも、感覚を鈍らせ意識朦朧とさせる等の物理的影響を与える行為はこれに含まれる。 2. 憲法28条及び労働組合法1条2項による労働者の団体行動権の保障は、他者の基本的人権を侵してまで無制限に許容されるものではない。刑法上の暴行・脅迫にあたる行為は、同法1条1項の目的達成のために必要な「正当行為」とは認められない。
重要事実
被告人らは労働組合の職場交渉に際し、会社側の部課長等の身辺至近距離において、多衆の威力を用いてブラスバンド用の大太鼓や鉦(かね)を執拗に連打し、歌を高唱した。これにより、相手方職員らは頭脳の感覚が鈍り、意識が朦朧としたり、脳貧血を起こして息詰まるような状態に陥った。被告人らはこれらの行為が労働組合法上の正当行為であり、違法性が阻却されると主張した。
事件番号: 昭和31(あ)3054 / 裁判年月日: 昭和32年4月25日 / 結論: 棄却
被告人らが株式会社Aと争議中、同会社の組合員数十名とともにスクラムを組んで甲外四名の同会社の女子従業員(いずれも非組合員)をとりかこみ、労働歌を高唱し、ワツシヨ、ワツシヨと掛声をかけて気勢をあげながら、約二〇分間にわたり右同従業員等に対し、押す、体当りするなどの行動を続ける所為は、憲法第二八条の保障する団体行動権の行使…
あてはめ
1. 被告人らが連打した大太鼓等の音響は、相手方に対し意識朦朧や脳貧血等の生理的影響を生じさせる程度に至っており、単なる騒音を超えて人の身体に対する不法な攻撃といえるため、暴行罪の構成要件に該当する。 2. 団体行動権の保障は使用者側の自由意思を極度に抑圧する行為までを許容するものではなく、刑法上の暴行罪を構成するような態様の行為は、労働組合法1条1項の目的達成に必要な正当な範囲を逸脱している。したがって、違法性は阻却されない。
結論
本件行為は暴行罪を構成し、かつ労働組合法上の正当行為には当たらない。被告人らを暴行罪で処断した原判決は正当である。
実務上の射程
暴行の概念について、有形力の行使を身体への接触に限定せず、音響等の物理的作用により生理的状態を害する行為も包含することを明示した。また、労働争議の正当性の限界として「暴行・脅迫の禁止」という実務上確立された基準を提示しており、違法性阻却事由の検討において重要な射程を持つ。
事件番号: 昭和38(あ)1052 / 裁判年月日: 昭和40年3月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】労働組合法1条2項ただし書の「暴力の行使」に該当するか否かは、当該行為が社会通念上許容される限度を超えるものであるか否かによって判断される。社会通念上の限度を超えると認められる場合は、刑法上の正当行為(同法35条)としての違法性阻却を認めない。 第1 事案の概要:被告人らの原判示所為(具体的な事案…
事件番号: 昭和39(あ)2374 / 裁判年月日: 昭和40年7月30日 / 結論: 棄却
団体交渉権にもとづく行為についても、暴力行為等処罰ニ関スル法律の適用があるものと解すべきである。(昭和二四年(れ)第八九八号同二九年四月七日大法廷判決、刑集八巻四号四一五頁参照)
事件番号: 昭和27(あ)4473 / 裁判年月日: 昭和29年2月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】労働組合等の活動が刑法上の正当行為(刑法35条)として違法性を阻却されるためには、その行為が憲法28条の趣旨に照らし、正当な団体交渉の目的達成のために必要かつ相当な範囲内で行われることが必要である。 第1 事案の概要:被告人らの所為が刑法上の犯罪構成要件に該当する一方で、被告人側は当該行為が憲法2…
事件番号: 昭和39(あ)744 / 裁判年月日: 昭和39年11月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法28条の保障は無制限ではなく、勤労争議において使用者側の自由意思を剥奪し、または極度に抑圧するような暴力的な行為は正当な団体行動権の行使とは認められない。団体交渉において刑法上の暴行罪等に該当する行為が行われた場合、労働組合法1条2項による刑事罰の免責(刑法35条の適用)は受けられない。 第1…