一 検察官が、まず甲事件について起訴勾留の手続をとつた後、右勾留中の被告人を乙事件の被疑者として取り調べたとしても、検察官においてはじめから乙事件の取調に利用する目的または意図をもつて、ことさらに甲事件を起訴し、かつ不当に勾留を請求したものと認められない場合には、右取調をもつて直ちに自白を強制し、不利益な供述を強要したものということはできない。 二 甲事件を理由として勾留された被告人を、検察官が乙事件の被疑者として約三九日間連続約五〇回にわたり取り調べたからといつて、右取調をもつて直ちに不利益な供述を強要したものということはできない。 三 判示のような特異な性格を有する者が、検察官から判示のように取り調べられて、犯行を自白したからといつて、その自白をもつて、憲法第三八条第二項にいう「強制拷問による自白」ということを得ない。 四 昭和二三年八月二一日小樽市において乙事件の被疑者として逮捕され東京都に護送された後、起訴前の処分により勾留され、その後の取調により発覚した甲事件につき同年九月三日起訴され、翌四日右事件につき発せられた勾留状によつて引続き勾留されて来た被告人が、検察官の約一ケ月連続三十数回にわたる取調の後、同月二三日より翌一〇月九日までの間に、乙事件について自白した場合においても、事案の内容が極めて複雑で、かつ被告人の著しい特異性格から生ずる虚言癖に煩わされて取調に日時を要したものであり、その間検察官において相当の証人参考人を取り調べたというような特別の事情のある場合には、右自白をもつて憲法第三八条第二項にいう「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」ということはできない。 五 現在わが国の採用している方法による絞首刑は憲法第三六条にいう「残虐な刑罰」にあたらない。 六 証人の取調に際し、裁判長が訴訟指揮権に基いて、事件に関連性のない被告人の発問を制限しても、憲法第三七条第二項に違反しない。
一 甲事件について起訴勾留中の被告人を乙事件の被疑者として取り調べることの合憲性 二 甲事件につき起訴勾留された被告人を乙事件の被疑者として約三九日間連続約五〇回にわたり取り調べたことと憲法第三八条第一項にいう「不利益な供述の強要」 三 憲法第三八条第二項にいう「強制拷問による自白」にあたらない一事例 四 憲法第三八条第二項にいう「不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白」にあたらない一事例 五 絞首刑の合憲性 六 被告人の証人審問権と事件に関連性のない発問の禁止
憲法38条1項,憲法38条2項,憲法36条,憲法37条2項,刑訴応急措置法10条1項,刑訴応急措置法10条2項,刑訴応急措置法11条2項,刑法11条1項,監獄法71条,監獄法72条,刑訴法294条,刑訴法295条,旧刑訴法205条1項,裁判所構成法104条1項,裁判所構成法108条
判旨
別件の適法な勾留中に余罪の取調べを行うこと自体は直ちに違法とはならず、その取調期間や回数のみで自白の強要を認定することはできない。また、公判外の自白に対する補強証拠は犯罪事実の客観的側面に及べば足り、犯人との同一性や特定の犯罪手段の所持等の細部にまで必要とされるものではない。
問題の所在(論点)
1. 別件による適法な勾留中に、本件(余罪)の取調べを行うことの適法性、および不当に長い拘禁(憲法38条2項)の該否。 2. 自白の補強証拠(憲法38条3項)として、犯行に用いられた物件の所持等の細部事実まで裏付けが必要か。
規範
1. 勾留中の余罪取調べについて:別件による勾留が適法である限り、その拘禁を利用して余罪の取調べを行うこと自体は違法ではない。自白の任意性は、取調期間や回数といった形式的指標のみならず、事件の複雑性や被疑者の言動等の諸般の事情を総合して判断される。 2. 補強証拠の範囲について:憲法38条3項及び刑訴法319条2項にいう補強証拠は、自白にかかる犯罪が現実に行われたことが客観的に保障され、自白が架空のものでないことを確かめ得るものであれば足りる。したがって、犯人が被告人であること(犯人性の付合)や、犯行の詳細な態様すべてについて補強証拠を要するものではない。
重要事実
被告人は強盗殺人事件(C事件)の容疑で逮捕されたが、勾留期限内に公訴提起されず、別件の詐欺等(D事件)で起訴・勾留された。検察官は、D事件による勾留期間中にC事件の取調べを継続し、約39日間・50回にわたる取調べの結果、被告人はC事件について自白した。被告人は、この別件勾留を利用した取調べが不当な長期拘禁にあたり、自白の任意性が欠けること、および自白の重要部分(毒物の所持等)について補強証拠がないことを理由に上告した。
あてはめ
1. 本件において、D事件は悪質な詐欺等であり勾留の必要性が認められ、検察官が当初からC事件の取調べ目的でD事件を悪用した(便法捜査)事実も認められない。取調期間が約一月に及んだのは、事案の複雑性に加え、被告人の虚言癖により確認作業に時間を要したためであり、回数等の形式的事実から直ちに「不当に長い拘禁」や「強要」があったとはいえない。 2. C事件が現実に行われたことについては、死因となった毒物の存在など多数の証拠がある。補強証拠は犯罪事実の全部にわたる必要はなく、自白が架空でないことが確認できれば足りるため、犯人が被告人である点や毒物の入手経路等の細部についてまで個別の補強証拠は不要である。
結論
本件取調べおよび自白の証拠能力に違憲・違法はなく、補強法則の適用も正当である。死刑および絞首刑による執行も憲法36条に違反しない。上告棄却。
実務上の射程
余罪取調べの限界(別件逮捕・勾留の禁止との区別)および補強法則の範囲に関するリーディングケース。答案では、拘束の適法性と取調べの任意性を分けて論じる際の規範として、また「実質説」に基づく補強証拠の範囲(客観的犯罪事実に及べば足り、犯人性には不要)を論じる際の根拠として用いる。
事件番号: 昭和25(あ)2389 / 裁判年月日: 昭和26年5月31日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の自白以外に、証人の供述や鑑定書等の補強証拠が存在する場合には、憲法38条3項及び刑訴法319条2項にいう「自白のみによる有罪判決」には当たらない。 第1 事案の概要:被告人が犯行を認める自白をしていた事案において、第一審判決は当該自白を証拠として採用した。しかし、これに加えて、証人Aおよび…
事件番号: 昭和25(あ)3148 / 裁判年月日: 昭和26年9月6日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人の自白以外に、被害者の盗難届、第三者の始末書、共犯者の供述調書、および証拠物(十字鍬)等が存在する場合、これらを総合して事実を認定することは憲法38条3項に違反しない。 第1 事案の概要:被告人が窃盗等の罪に問われた事案において、第一審判決は被告人の司法警察員および検察官に対する供述調書のほ…
事件番号: 昭和49(あ)2470 / 裁判年月日: 昭和52年8月9日 / 結論: 棄却
甲事実について逮捕・勾留の理由と必要があり、甲事実と乙事実とが社会的事実として一連の密接な関連がある場合(判文参照)、甲事実について逮捕・勾留中の被疑者を、同事実について取調べるとともに、これに付随して乙事実について取調べても、違法とはいえない。
事件番号: 昭和26(れ)1716 / 裁判年月日: 昭和26年11月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】自白の補強証拠は犯罪の客観的事実について存在すれば足り、犯人と犯罪の結びつきまで証明する必要はない。また、不当に長い拘禁後の自白であっても、拘禁と自白との間に因果関係がない場合には証拠能力が認められる。 第1 事案の概要:被告人は、昭和21年に勾留された後、執行停止中の逃走、別罪の犯行、再度の逮捕…