公訴にかかる饗応の事実について、被告人が終始これを争つてきた収賄事件の第六回公判期日において、検察官が右饗応の事実を立証するため検察官の作成したA某の供述調書につき証拠調の請求をしたのに対し、主任弁護人が「右証拠調に異議なし」と述べたからといつて、被告人が右供述調書を証拠とすることに同意したと認むべき特段の事情がなく、却つて第一回公判期日には主任弁護人において司法警察員の作成した右A某の供述調書を証拠とすることに明らかに同意せず、従つて同人は検察官の請求により第三回公判期日に証人として喚問されたのであるが、前記饗応の事実を肯定しなかつた事実があり、検察官は右証言に偽証の疑があるとしてA某を逮捕して取り調べた結果、右饗応の事実を肯認した同人の供述調書を作成して前記の如く第六回公判期日にこれが証拠調を請求するに至つた等の事情がある場合には、被告人および主任弁護人が(供述者たるA某を公判期日に重ねて直接尋問する機会を与えられることなく)、右供述調書を証拠とすることに同意したものと解することはできない。
「証拠調に異議なし」と述べたことと証拠とすることの同意
刑訴法309条1項,刑訴法320条,刑訴法321条1項2号,刑訴法326条
判旨
伝聞証拠の証拠同意(刑訴法326条1項)の有無は、被告人の防御権に鑑み慎重に解釈すべきであり、「証拠調べに異議なし」との述懐のみでは黙示の同意があったと認めることはできない。
問題の所在(論点)
伝聞証拠(検察官作成の供述調書)の証拠調べ請求に対し、弁護人が「異議なし」と述べた場合に、刑訴法326条1項の証拠同意があったと認めることができるか。
規範
伝聞証拠について証拠能力を付与する同意(刑訴法326条1項)は、挙証範囲や証拠の重要性、被告人による反対尋問権放棄の意思を総合考慮した意思表示の解釈問題である。単に「証拠調べに異議なし」と述べた一事をもって、直ちに黙示の同意があったと解することは許されず、当該証拠が争点に及ぼす影響や過去の審理経過に基づき、客観的に同意の意思が認められるかを判断すべきである。
重要事実
被告人Bは収賄の事実を終始否認していた。検察官は共犯者Aの供述調書についてBの同意を求めたがBは拒否。その後、証人喚問されたAは饗応事実を否定したが、偽証罪で逮捕・取調べを受けた結果、事実を認める供述調書3通が作成された。第6回公判において、弁護人が当該調書の請求に対し「証拠調べに異議なし」と述べ、他に証拠がない旨を陳述したため、第一審および原審はこれを黙示の同意があるものとして証拠採用し、有罪判決を下した。
あてはめ
本件供述調書はBの収賄罪の成否を決する重要証拠であり、Bは一貫して収賄事実を否認し、当初の供述調書への同意も拒んでいた。また、弁護人は他の証拠については明示的に「同意する」と使い分けていた。このような経過に加え、BにAを直接尋問する機会が与えられていない状況下では、「証拠調べに異議なし」との発言は、手続き上の異議がないことを指すに過ぎず、証拠能力を付与する同意まで含んでいるとは解されない。したがって、黙示の同意があったとする認定は意思表示の解釈を誤っている。
結論
被告人が公判を通じて事実を争っている場合、「証拠調べに異議なし」との述懐のみでは、刑訴法326条1項の同意があったとは認められない。本件証拠採用は違法であり、破棄差戻しを免れない。
実務上の射程
証拠同意の存否が争われる事案での判断枠組みとして重要。特に否認事件において「異議なし」という形式的文言のみで同意を擬制することを否定しており、答案上は「防御権の重要性」と「審理経過(否認の有無・反対尋問の機会)」を対比してあてはめる際に活用できる。
事件番号: 昭和29(あ)2685 / 裁判年月日: 昭和31年9月25日 / 結論: 棄却
第一審において証拠とすることに同意した証拠尋問調書の証拠能力を、上告審に至つて争うことは許されない。