一 なおストリキニーネを混入した鮒の味噌煮が苦味を呈しているからといつて何人もこれを食べることは絶対にないと断定し難いところであるから、殺人罪の不能犯であるとの主張は容認することはできない。 二 しかるに本件第一審公判において被告人及び弁護人は検察官の取調請求にかかる被告人の司法警察員に対する供述調書及び被告人の検察官に対する供述調書(いずれも自白を内容とするもの)を証拠とすることに同意し、かつ証拠調請求について異義がない旨述べたのであつて、自白が暴行脅迫に基いてなされたことを主張したことなく、また第一審裁判所において取調べた証拠及び訴訟記録には右のような疑念を抱かせる証拠は全然存しない。被告人は控訴趣意書において初めて、司法警察員及び検事に対して自白したのは暴行脅迫の結果で真実に出でたものでないと主張するのであるから、原審がこの点について職権により、取調にあたつた警察官や検事を証人として尋問する等事実の取調を行わないで、被告人は暴行脅迫によつて自白したものとは認められないと判断したことは違法ではない。(被告人の控訴趣意が刑訴法第三九三条第一項但書に基き事実の取調を求めるものでないことは明白である)。
一 殺人の目的で鮒の味噌煮にストリキニーネを入れた行為と不能犯 二 第一審では主張せず控訴趣意書で初めてした「証拠に採用された被告人の司法警察員および検察官に対する自白が暴行脅迫に基いたものである」との主張と刑訴第三九三条による事実の取調の要否
刑法199条,刑法203条,刑訴法393条
判旨
新刑事訴訟法における控訴審は事後審としての性質を有するため、第一審で自白の任意性に異議を述べず、記録上も疑念を抱かせる証跡がない場合、控訴審が職権で事実取調べを行わず自白の任意性を認めたとしても違法ではない。
問題の所在(論点)
第一審で争われず、記録上も任意性に疑義がない自白に対し、控訴審が職権で事実の取調べ(証人尋問等)を行わずに任意性を肯定することが、控訴審の事後審的性質および憲法38条2項(自白法則)に照らして許されるか。
規範
新刑事訴訟法下の控訴審は「事後審」であり、第一審判決における一定の事実点および法律点に対する事後審査を行う手続である。したがって、第一審の証拠調べ手続において異議がなく、かつ記録上も自白の任意性に疑念を抱かせる特段の事情がない限り、控訴審は職権による事実取調べを行う義務を負わない。
重要事実
被告人は第一審において、司法警察員および検察官に対する自白内容の供述調書につき、証拠とすることに同意し、異議がない旨を述べた。第一審の審理中、自白が暴行・脅迫に基づくものであるとの主張はなされず、記録上もそのような疑念を抱かせる証跡は存在しなかった。しかし、被告人は控訴趣意書において初めて、当該自白が暴行・脅迫による不任意なものであると主張した。
あてはめ
控訴審は第一審判決の当否を事後的に審査する場である。本件では、第一審において被告人・弁護人双方が証拠採用に同意しており、記録上も任意性を疑うべき事情は一切認められない。このような状況下で控訴趣意書にて初めて不任意性の主張がなされたとしても、控訴審が刑訴法393条1項但書に基づく事実取調べを職権で行わずに「不任意とは認められない」と判断することは、事後審の仕組みに合致し、適法であるといえる。
結論
原審が職権で事実取調べを行わずに自白の任意性を認めた判断に違法はなく、憲法38条2項等にも違反しない。
実務上の射程
控訴審の事後審構造を強調する基本判例である。第一審で争わなかった事項を控訴審で新たに主張する場合、控訴審がどこまで職権探知・事実取調べを行うべきかという限界を画定する際に活用できる。特に自白の任意性が控訴審で初めて争点化された際の、裁判所の審理義務の範囲を示す射程を持つ。
事件番号: 昭和25(れ)1048 / 裁判年月日: 昭和25年11月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】検察官の聴取書における被告人の自白について、任意性を欠く事由を認めるべき資料がない場合には、その自白は証拠能力を有し、これに基づく有罪判決は適法である。 第1 事案の概要:被告人の自白が記載された検察官作成の聴取書について、弁護人は当該自白が任意性を欠くものであると主張して上告した。しかし、記録上…
事件番号: 昭和34(あ)2315 / 裁判年月日: 昭和35年5月6日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】控訴裁判所が第一審の執行猶予判決を量刑不当として破棄し、事実取調べを行うことなく訴訟記録及び第一審の証拠のみに基づき実刑を言い渡すことは、刑事訴訟法400条ただし書及び憲法31条に違反しない。 第1 事案の概要:第一審裁判所が被告人に対し、懲役刑の執行猶予を言い渡した。これに対し控訴裁判所(原審)…