検事に対する被告人の自白が、その一両日前警察署における刑事の取調の際に長時間に亘る肉体的苦痛を伴う訊問の結果した自白を反覆しているに過ぎないのではないかとの疑が記録上極めて濃厚であつて、かかる疑を打ち消すべき特段の事情を発見することができないにも拘らず、警察における前示肉体的苦痛と検事に対する右自白との間に因果関係がなかつたかどうかについて十分な審理の尽さず、この自白を犯罪事実認定の証拠としたときは、審理不尽の違法があるといわなければならない。
検事に対する自白の任意性についての審理不尽の一例
憲法38条1項,憲法38条2項,刑訴応急措置法10条1項,刑訴応急措置法10条2項
判旨
警察段階での肉体的苦痛を伴う不当な取調べにより得られた自白と、その後の検察官等による自白との間に因果関係が認められる場合には、後の自白も任意性を欠くものとして証拠能力が否定される。
問題の所在(論点)
先行する警察段階での肉体的苦痛を伴う取調べによる自白(任意性のない自白)が、その翌日に検察官に対してなされた自白の任意性にどのような影響を及ぼすか。また、裁判所はその因果関係についてどの程度の審理を行うべきか。
規範
自白の任意性は、供述が心理的・身体的に不当な圧迫を受けない状態でなされたか否かにより判断される。先行する不当な取調べによる影響が、その後の供述時においても継続しており、両者の間に因果関係が認められる場合には、後の供述も任意性を欠く。裁判所は、取調べの経過、場所、時間的間隔、立会人の有無等の諸般の事情を総合考慮し、先行する不当な取調べによる影響が遮断されている(特段の事情がある)か否かを慎重に審理しなければならない。
重要事実
被告人A及びBは、警察署での取調べにおいて、段差のある敷居の上に長時間正座させられるなどの肉体的苦痛を伴う訊問を受け、自白に至った。その翌日、両被告人は警察署から検察庁支部に直接連行され、警察職員が付き添う状況下で、検察官及び裁判官の勾留訊問に対し同様の自白を行った。原審は警察段階の自白の証拠能力を否定したが、検察官等に対する自白については、前日の不当な取調べとの因果関係を十分に考慮することなく、これに基づき有罪を認定した。
事件番号: 昭和28(れ)16 / 裁判年月日: 昭和28年6月4日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法36条が禁ずる拷問の事実が認められない場合には、自白の任意性を欠くとの違憲主張はその前提を欠き、上告理由にならない。 第1 事案の概要:被告人らが拷問を受けたとして、自白の証拠能力や手続の違憲性を争い上告した事案。弁護人は、捜査段階において拷問が行われたことを前提とする違憲主張を行った。 第2…
あてはめ
本件では、警察での取調べが午前中から深夜・翌朝に及ぶ長時間のものであり、狭い敷居に座らせるなど肉体的苦痛を伴うものであった。検察官の訊問は、その翌日に警察署から直接連行されて行われており、警察職員の付き添いや自白の示唆があったとの供述も存在する。このような状況下では、検察官に対する自白は警察での不当な取調べによる結果を反復しているに過ぎない疑いが濃厚である。この疑いを打ち消す「特段の事情」が記録上発見できない以上、警察での肉体的苦痛と検察官への自白との間の因果関係を否定することはできず、任意性を欠く疑いがある。原審がこの点について審理を尽くさず採証したのは違法である。
結論
検察官に対する自白の任意性について、先行する不当な取調べとの因果関係の有無を十分に調査・審理すべきであり、これを怠った原判決は審理不尽の違法として破棄を免れない。
実務上の射程
自白の任意性(刑訴法319条1項)に関する「派生的な自白」の証拠能力を争う際のリーディングケースである。答案では、先行する取調べの不当性を認定した上で、①時間的場所的近接性、②心理的影響の継続性(護送者の有無等)、③供述内容の同一性などの事情を具体的に拾い、「特段の事情がない限り因果関係が遮断されていない」と論証する際の規範として活用する。
事件番号: 昭和26(あ)88 / 裁判年月日: 昭和27年2月14日 / 結論: 棄却
記録によると、被告人Aは昭和二四年九月二〇日恐喝未遂事件(原判決判示第一の(一)の事実)の嫌疑により勾留状の執行を受け、名古屋拘置所代用監獄起町警察署に勾留されたのであるが、本件が複雑で関係者多数のため取調困難という理由で同年一〇月九日まで勾留期間が延期され、その期間終了の前日である同月八日右恐喝未遂事件で起訴せられた…
事件番号: 昭和26(れ)2332 / 裁判年月日: 昭和27年5月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法37条1項の「公平な裁判所」とは、構成組織等において偏頗のおそれのない裁判所を指し、個々の事件の内容が具体的に公正妥当な裁判を指すものではない。また、自白の真実性を保障するに足りる補強証拠(憲法38条3項)は、犯行に使用された拳銃の存在等であっても認められる。 第1 事案の概要:被告人Aらは、…
事件番号: 昭和32(あ)1129 / 裁判年月日: 昭和35年3月25日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不当に長く抑留または拘禁された後の自白であっても、その任意性が十分認められる場合には、憲法38条2項により証拠能力が否定されることはない。 第1 事案の概要:被告人らは、共産党員やその支持者、朝鮮人であることを理由とした政治的弾圧であると主張して上訴した。また、供述調書の作成にあたり、不当に長く抑…