一 不法原因の爲め給付をした者はその給付したものの返還を請求することができないことは、民法第七〇八條の規定するところであるが刑法第二五二條第一項の横領罪の目的物は單に犯人の占有する他人の物であることを要件としているのであつて必ずしも物の給付者において民法上その返還を請求し得べきものであることを要件としていないのである。 二 執行猶豫を言渡すや否やは事實審たる原審の自由裁量に屬することであつて論旨記載の如き情状(智識階級に屬し性質温厚、家計の困難、改悛の情顯著)のある場合には執行猶豫の言渡を爲すことを要するものであると解することはできない。
一 贈賄のためその資金を預かつた者の領得行爲と横領罪 二 特殊の情状ある場合と刑の執行猶豫の要否
民法708條,刑法252條,刑法25條
判旨
不法原因給付に該当し、民法上の返還請求権が否定される場合であっても、受託者が委託の趣旨に反してこれを領得したときは横領罪が成立する。金銭のような代替物であっても、特定の目的のために寄託された以上は受託者の所有物とはならず、「他人の物」にあたる。
問題の所在(論点)
不法原因給付として民法上の返還請求ができない財物について、受領者がこれを領得した場合に横領罪が成立するか。また、委託された金銭が「他人の物」といえるか。
規範
横領罪(刑法252条1項)の客体である「他人の物」とは、必ずしも民法上の返還請求権が認められるものであることを要しない。寄託された金銭等の代替物であっても、それが特定の目的のために保管を委託されたものである限り、受託者の所有物には帰属せず、依然として「他人の物」としての性質を維持する。
重要事実
被告人は、共犯者らから彼らの収賄事実を隠蔽するための工作(警察官への贈賄)資金として2万2000円を受け取り、これを保管していた。しかし、被告人はそのうち2万円を、本来の目的である買収費用に充てることなく、自己のモルヒネ購入代金等の用途に無断で費消した。弁護人は、当該金員は民法708条の不法原因給付にあたり、給付者は返還請求権を喪失しているため、受領者である被告人の所有物になったと主張した。
あてはめ
本件金員は、贈賄という不法な目的のために給付されたものであり、民法708条により給付者からの返還請求は認められない。しかし、被告人は贈賄の目的をもって当該金員を受領し保管していたのであり、その占有は委託に基づいたものである。このような場合、民法上の返還請求権の有無にかかわらず、占有の帰属と所有の帰属は峻別されるべきである。また、金銭が代替物であることをもって直ちに受託者の所有物となるわけではなく、本件のように使途を定めて委託された場合は、依然として「他人の物」であると評価される。したがって、被告人がこれを自己の用途に費消した行為は、不法領得の意思の発現といえる。
結論
被告人の行為には横領罪が成立する。給付者が民法上の返還請求権を有するか否かは、刑法上の横領罪の成否を左右しない。
実務上の射程
不法原因給付と横領罪の成否に関するリーディングケースである。民法上の保護(返還請求)が否定される場合でも、刑法独自の視点から委託関係の破壊を処罰できることを示した。答案上は、民法708条の反射的効果により所有権が受領者に移転するという学説との対比で、判例の立場(所有権は依然として給付者に帰属、または少なくとも受領者には帰属しない)を明示する際に用いる。
事件番号: 昭和25(あ)1946 / 裁判年月日: 昭和27年5月20日 / 結論: 棄却
民法上不法原因のため給付者が、その給付したものの返還を請求することが出来ない場合においても、その保管者がこれを不法に領得した以上、横領罪が成立することは、つとに当裁判所の判例の示すところである。(昭和二三年(れ)第八九号同二三年六月五日第二小法廷判決、判例集第二巻第七号六一四頁参照)