所論の窃盜難届の末尾にAの指名の記載のないことは所論指摘のとおりである。然し舊刑訴法第七三條は假令所論の如き氏名の記載がなくとも、その一事によりその書類を無効の書類とする旨の規定ではないのである。従つて裁判所において他の證據に依り當該書類が眞正に成立したものであるとの心證を得た以上之を斷罪の證據に供することは少しも差支えないところである。(當裁判所昭和二二年(れ)第二四六號昭和二三年五月一二日大法廷判決、昭和二三年(れ)第三二四號同年六月二六日第二小法廷判決各参照)
被害者の署名を欠く盜難届の證據力
舊刑訴法73條,舊刑訴法337條
判旨
書類の末尾に供述者の氏名の記載が欠けていても、他の証拠によって当該書類が真正に成立したものと認められる場合には、証拠として採用することができる。
問題の所在(論点)
作成者の署名(氏名の記載)が欠けている書面について、真正に成立したものと認めて証拠能力を肯定することができるか。
規範
書面(窃盗被害届等)の末尾に作成者の署名が欠けている場合であっても、直ちに当該書面が証拠能力を失い無効となるものではない。裁判所が他の証拠や諸般の事情を総合して、当該書類が作成者の真意に基づき真正に成立したものであるとの心証を得たときは、これを断罪の証拠に供することが許される。
重要事実
被告人が窃盗罪に問われた事案において、証拠として提出された「窃盗難届」の末尾に、被害者Aの氏名の記載が欠落していた。当該届出書には、被害者欄に「A」の記載とBの押印があり、取扱者として司法警察官Cの記名押印がなされていた。原審の証拠調べにおいて、弁護人は当該書類について異議を述べず、作成者の尋問請求も行わなかったため、原審はこれを証拠として採用し有罪判決を下した。被告人側は、署名のない書類を証拠としたことは違法であるとして上告した。
あてはめ
本件の窃盗難届には、(1)被害者住所氏名欄に「A」と記載され末尾に押印があること、(2)司法警察官による受付年月日および記名押印という公的な外形が整っていること、(3)公判手続において弁護人が証拠調べに立ち会い、作成者の尋問請求を放棄するなど何ら異議を述べていないことが認められる。これらの事実に照らせば、本件書類はAの真意に基づいて真正に成立したものと認められる。
結論
本件書類を断罪の資に供した原審の判断に違法はなく、上告を棄却する。
実務上の射程
伝聞証拠の証拠能力における「真正な成立」の判断に関する判例である。現行刑訴法321条以下の要件検討に際し、署名押印等の形式的不備がある書面であっても、実質的に真正な成立が担保されている場合には証拠能力が認められ得るという、裁判所の実質的な判断枠組みを示している。
事件番号: 昭和25(れ)798 / 裁判年月日: 昭和26年3月15日 / 結論: 棄却
一 所論聴取書の作成者である司法警察官警部代理巡査部長Aの名下に捺印のないことは所論のとおりである。二 しかし、同書類にはBの署名拇印並に右Aの署名が存し各葉の間にAの印で契印が施され、神戸市生田警察署印が押されており、さらに立会人巡査Cの署名押印があり、真正に成立した書類と認め得られるから、捺印を欠くの一事をもつて、…