一 元來被告人の同一性の確定及び前科の有無について如何なる範圍において事實の取調を爲すかと云うことは事實審裁判所の自由裁量に委ねられているところであり、具體的事案における諸般の事情に應じ、必ずしも被告人の本籍及び指紋の照會等を爲す必要がある譯ではなく斯かる措置に出でなくとも過誤を生じない場合も極めて多いのであるがかかる事實の確定は公訴の起訴となり、科刑の基準となるものであるから「罪となるべき事實」と同様に愼重に審理を盡くし證據によつて合理的に判斷するのが本則である。 二 原審が被告人の本籍照會も指紋照會も爲さず漫然被告人の氏名をAであると信じ前科なしと判斷した措置は結局において、合理的でなかつたと云う非難を免れ難い即ち原審は被告人の同一性の確定及び前科の有無について十分審理を盡くさなかつた違法があると云はなければならない。
一 被告人の同一性の確定及び前科の有無についての事實調査と裁判所の自由裁量 二 被告人の同一性の確定及び前科の有無について審理を盡さない判決の違法
舊刑訴法338條,舊刑訴法360條,舊刑訴法410條19號
判旨
被告人の同一性の確定及び前科の有無は、科刑の基準となる重要事項であるから、事実審裁判所は、諸般の事情に応じ慎重に審理を尽くし、証拠によって合理的に判断すべき義務を負う。本籍や指紋の照会を怠り、漫然と被告人の氏名や前科の有無を判断した措置は、審理不尽の違法がある。
問題の所在(論点)
被告人の同一性や前科の有無を確定するための事実調べについて、事実審裁判所に課される審理義務の程度が問題となる。
規範
被告人の同一性の確定及び前科の有無に関する事実の取調の範囲は、原則として事実審裁判所の自由裁量に委ねられる。しかし、これらの事実は公訴の基礎となり科刑の基準となるものであるから、「罪となるべき事実」と同様に、具体的事案における諸般の事情に応じ、慎重に審理を尽くし証拠によって合理的に判断しなければならない。
重要事実
被告人は別名(A)を使用して詐欺罪で起訴され、原審は懲役1年・執行猶予3年の判決を言い渡した。しかし、判決後に判明した指紋照会回答や前科取調書等によれば、被告人の真名はBであり、本件犯行当時、既に横領罪による懲役1年の刑の執行を終えた前科があった。原審は、被告人の本籍照会や指紋照会を行わず、被告人の自称を信じて前科なしと判断していた。
あてはめ
本件では、被告人の経歴や職業等の諸般の事情に照らせば、真実の解明は可能であった。それにもかかわらず、原審は本籍照会や指紋照会という基本的な措置を講じることなく、漫然と被告人の虚偽の氏名を信じ、前科なしと判断した。このような判断措置は、科刑の基礎となる事実の確定において、客観的証拠に基づく合理的な判断とはいえず、慎重な審理を尽くしたものとは認められない。
結論
原審には被告人の同一性および前科の有無について審理不尽の違法があるため、原判決は破棄を免れない。
実務上の射程
裁判所の事実認定における裁量を認めつつ、科刑の基礎となる客観的事実については、一定の状況下で本籍・指紋照会等の裏付け捜査・調査を尽くすべき義務を認めたものといえる。答案上は、審理不尽や事実誤認の主張を構成する際の判断枠組みとして活用できる。
事件番号: 昭和30(あ)4051 / 裁判年月日: 昭和33年2月20日 / 結論: 棄却
一 控訴審が事実の取調をした以上、第一審の無罪判決を破棄して有罪を認定するにあたり、第一審において取り調べた証拠のみを挙示することはなんら違法でない。 二 原判決が全体の趣旨において引用の判例と異る判断をしたものというだけで、そのいかなる部分が引用の判例のいかなる部分と異るのか具体的に明らかでない主張は、上告理由として…
事件番号: 平成29(あ)2073 / 裁判年月日: 令和2年1月23日 / 結論: 破棄差戻
第1審判決が公訴事実の存在を認めるに足りる証明がないとして,被告人に対し,無罪を言い渡した場合に,控訴審において第1審判決を破棄し,自ら何ら事実の取調べをすることなく,訴訟記録及び第1審裁判所において取り調べた証拠のみによって,直ちに公訴事実の存在を確定し有罪の判決をすることは,刑訴法400条ただし書の許さないところと…