一 しかし賭博の寺錢というものは、事前に一定の金額を豫定してその金額に達するまで集金するものではなく、勝負の都度、勝利者の取得する金錢中から一定の歩合で取立てるものであるからその金額は不定であつて、その場で行はれる賭博の回數、賭者の人數賭金の多少等によつて變動する。これ等が多ければ多いほど寺錢も多額となり、從つて共同遊戯に必要な費用を支辨した残額は寺元の利得となるのである。されば、現實の結果としては寺錢の額が必要な費用の支辨に盡きたとしても、それをもつて寺元に圖利の意思がなかつたものということはできない。 二 本件の賭場開帳について被告人の外に他に共謀者があつたとしても、被告人は賭場開帳圖利罪の正犯であることには變りがないのであるから被告人に對する公訴を他の共謀者に對する公訴から分離して原判示のように審判したからとて必ずしも違法ではない。
一 寺錢の意義と圖利の意思 二 賭場開帳圖利の正犯である被告人に對する公訴を他の共謀者に對する公訴から分離して審判したことの正否
刑法186條2項
判旨
賭場開張図利罪における「図利の意思」とは、賭博の場所を提供して金銭的な利益を得ようとする意思を指し、徴収した寺銭の全額を会場費や飲食費等に充て、結果的に自己に利得が残らなかったとしても、その意思の成立を妨げない。
問題の所在(論点)
賭場開張図利罪(刑法186条2項)の構成要件である「利を図る目的」の有無を判断するにあたり、徴収した寺銭をすべて実費に充て、結果として被告人に利得が残らなかった場合でも、同目的が認められるか。
規範
刑法186条2項の「利を図る目的(図利の意思)」とは、賭場開張の対価として財産上の利益を得る意思をいう。寺銭等は、賭博の回数や人数、賭金に応じて変動する性質のものであり、共同遊戯に必要な費用を支弁した後に残額があれば寺元の利得となる性質を持つ。したがって、事後的に収益が必要な費用の支弁に尽きたとしても、当初から利益を得ようとする意思が存在したと認められる。
事件番号: 昭和24(れ)1564 / 裁判年月日: 昭和24年10月8日 / 結論: 棄却
賭博開帳罪は犯人が利益を得る目的をもつて賭場を開設し賭者に賭博をする機會を與へることによつて成立するのであるから現實に利益を収得した事実を要するものではない。それ故犯人が寺錢として収得した金員から賭場開設の費用を控除して現實に何等の利益を収得しなつた場合でも苟も利益を得る目的をもつて賭場を開帳した以上賭博開帳罪は成立す…
重要事実
被告人は賭博をする目的で他人の座敷を借り受け、10数名の参加者に「六粒狐」と称する方法で賭博をさせ、勝った者から「寺銭」を徴収した。弁護人は、当該寺銭は会場代や酒肴代として費消されたものであり、被告人に自己の金銭的利益を得ようとする意思はなかったと主張した。実際、徴収された寺銭のほとんど全額が宿代や酒肴代に充てられていた。
あてはめ
寺銭は、事前に額が固定されているものではなく、勝負の都度、勝利者の取得金から一定歩合で徴収される。そのため、賭博の回数や参加人数が増えれば寺銭も増大し、実費を上回る残額が生じればそれは当然に寺元の利得となる。被告人が徴収した寺銭の全額を結果的に宿代や酒肴代に費消したとしても、それは収益の使途に過ぎない。不特定の収益が見込まれる形式で寺銭を徴収している以上、客観的には利得の可能性を追求しており、主観的な図利の意思を否定することはできない。
結論
被告人に図利の意思があったと認められ、賭場開張図利罪が成立する。
実務上の射程
本判例は、図利の意思が「結果的な利益の発生」を要しないことを明確にした。答案上では、営利目的の有無が争点となる際、収益が経費に充てられた事実があっても、収益の構造自体が利得を目的とするものであれば、図利の意思を肯定する根拠として本趣旨を引用できる。
事件番号: 昭和24(れ)749 / 裁判年月日: 昭和24年6月18日 / 結論: 破棄差戻
賭博開帳の罪は、利益を得る目的でもつて、賭博を爲さしめる場所を開設する罪であり、その利益を得る目的とは、その賭場において、賭博をする者から寺錢、または手數料等の名儀をもつて、賭場開設の對價として、不法な財産的利得をしようとする意思のあることをいうのである。
事件番号: 昭和24(れ)2484 / 裁判年月日: 昭和25年5月19日 / 結論: 棄却
一体軍鷄賭博で賭場開帳者が傷代蓆代、等の名義で鷄博の勝者から一定率の金錢を徴收した場合には、むしろかえつて、特段の事情がない限りその徴收金は一應賭場開帳者の利に歸するものであるとみるのが社會通念であつて、特別の判示を要しないこと一般の賭博における寺錢等と異らない。そして又その金錢が夫々軍鷄所有者、蓆所有者等に軍鷄の傷代…