一 昭和二二年勅令第一號(公職に關する就職禁止退官退職等に關する勅令)第一六條第一項第一號に「調査表の重要な事項について……事實をかくした記載をした者」とあるのは、調査表に記載すべき重要な事項について、實在する事實を、その實在することを確認しながら、記載しなかつたものという意味である。この認識の外に特定の事實を他人に知らせたくないために、これをかくそうとする意味を有することは、必要としないのである。 二 若し被告人の主張が虚僞の陳述でなく、眞實その主張するような事情の下において、本件調査表が作成せられたものであるとすれば、たとい裁判所によつて、被告人がA支部團長に就任していたという客觀的な事實が認定されたということだけでは、直ちに被告人が主觀的に右事實を認識しながら敢てこれを調査表に記載しなかつたものであると推斷することはできないのである。何となれば或る客觀的事實の不存在に關する被告人の認識は、そしてその認識に對する確信は、客觀的な事實の存在とは無關係に成立し、又無關係に保持され得るものであるからである。 三 被告人がA支部團長に就任していたという原審の事實認定が若し眞實に合致するものとすれば、それに就任していなかつたという被告人の認識乃至確信は客觀的に正當でないこととなるのであるが、被告人がかかる誤つた認識乃至確信を持つに至つたことについて過失なき場合は勿論過失ある場合にも、被告人は本件事案につき問責せらるべきものではない。蓋し昭和二二年勅令第一號第一六條第一項第一號所定の罪については、過失犯を處罰する特別規定が存在せず、また右勅令罰則制定の基本である連合軍總司令部發日本政府宛昭和二一年一月四日附覺書第一七項が、その故意犯のみを處罰すべき趣旨を明示していることに徴して明らかである。 四 被告人がA支部團長に推薦された際はこれを辭退し、その後そのままとなつていたため、被告人自身は之に就任したことなしと信じ、昭和二二年勅令第一號第七條第一項所定の調査表に之に就任したことなしと記載したのであると被告人が主張する場合、原審が事實に反する右の記載につき故意を推斷するに當つては、須らく右被告人主張に係る事實關係の認め得られなかつた所以について、首肯し得べき何等かの説示をしなければならなかつたのである。しかるに原審は唯支部團長就任の事實を認めただけで、卒然として故意の推斷を下しているのであるから、原判決には理由不備又は審理不盡の違法があるといわざるを得ない。 五 證言又は聽取書の一部を措信し他の一部を採用しないということも、證據の取捨としてもとより裁判所の自由裁量に委ねられているところであらう。然しそれはあくまでその供述の趣旨を變更することなく獨立して分離し得る一部でなければならない。然るに原審は論旨の指摘する通り、首尾一貫して前説示のような趣旨に外ならない右Bの供述記載中、恰も被告人がA支部團長に終局的に推薦せられたものの如く讀了し得べき一部のみを摘録して、有効な推薦があつたことを窺い得る資料とし、以て被告人の支部團長就任の事實を認定する綜合證據の一部に供しているのである。果して然りとすれば、原審は證據の趣旨を變更して、これを事實認定の資料としたものであり、結局虚無の證據によつて事實認定をしたことに歸着するのである。
一 公職禁止令第一六條第一項第一號にいわゆる事實をかくした記載をした者の意義 二 公職就任の客觀的事實の存在と被告人の認識との關係 三 公職就任の客觀的事實に對する被告人の錯誤と法律上の責任 四 公職就任に關する不實記載と故意推斷の違法 五 獨立して分離し得ない證言の一部のみを摘録して採證した場合と虚無の證據
昭和22年勅令1号16条1項1号,刑法38条1項,刑法38条1項2項,刑訴法360条1項,刑訴法336条,刑訴法337条
判旨
故意の成立には、実在する事実をその実在すると認識しながら記載しないことが必要であり、客観的真実に反しても事実が存在しないと確信していた場合には故意が否定される。裁判所が客観的事実の存在を認定したことのみをもって、直ちに被告人の主観的認識を推断することは許されない。
事件番号: 昭和25(れ)1021 / 裁判年月日: 昭和25年12月20日 / 結論: 棄却
一 A組合の主事であつたことを調査表に記載しなかつたたという公訴事実と、同組合の主宰者であつたことを調査表に記載しなかつたという事実とは公訴事実の同一性がない。 二 調査表に不実の記載をした罪については、不実であることについて犯意を要するのであるが、その犯意は未心的故意をもつて足りる。
問題の所在(論点)
客観的に存在する事実を記載しなかった場合において、被告人がその事実の不存在を確信していたときに、刑罰規定(事実を隠した記載)における故意を認めることができるか。また、客観的事実の認定から直ちに主観的認識を推断することの是非が問われた。
規範
刑法38条1項の原則に従い、罰則の適用には原則として故意(認識)を要する。事実を「かくした記載」とは、実在する事実をその実在すると認識しながら記載しなかったことを意味し、特定の事実を隠そうとする意欲(目的)までは不要だが、少なくともその事実の存在に関する認識は必要である。客観的事実が存在しても、被告人がその不存在を確信していた場合には、故意を欠くものとして処罰されない。また、証拠の取捨選択は自由裁量に属するが、供述の趣旨を変更して一部のみを摘録し、事実に反する認定をすることは許されない。
重要事実
被告人は、県会議員選挙の資格調査表において、過去に「A支部団長」に就任していた事実を記載しなかったとして、昭和22年勅令第1号違反で起訴された。被告人は、過去の別件立候補時には念のため団長就任の旨を記載したが、その後に調査したところ、当時の村長が推薦を撤回し別の者が団長に就任していたことが判明したため、本件では「就任の事実はなく、前の記載は錯誤であった」との弁明を付して記載しなかった。原審は、客観的に就任の事実があったと認定したことを根拠に、直ちに被告人に「事実を隠す故意」があったと推断し、有罪とした。
あてはめ
人は重大事を忘却しないため、客観的事実があれば認識も推断され得るのが原則である。しかし、本件では被告人が「他人の行為(村長の推薦・変更手続き)」により就任事実がないと信じるに至った経緯を具体的に主張している。このような特別の事情がある場合、客観的事実の存在(就任していたこと)のみから直ちに主観的認識を肯定することはできない。被告人の認識や確信は、客観的事実とは無関係に成立し得るからである。原審は、被告人が事実の不存在を確信するに至ったとする主張の虚偽性を判断せずに故意を推断しており、理由不備がある。また、証拠とした村長の供述も、全体としては「推薦を取り消した」という趣旨であるのに、一部を切り取って「有効な推薦があった」と認定しており、採証法則に反する。
結論
被告人が主観的に事実を認識していたといえない限り、故意は成立しない。原判決には理由不備および採証法則違反の違法があるため、破棄・差戻しを免れない。
実務上の射程
故意の認定において「客観的事実からの推認」の限界を示した判例である。特に、被告人が自身の行為ではなく他人の関与する事実について誤信していた場合、客観的事実と主観的認識を峻別して論じる必要がある。答案上は、構成要件的故意の検討において、客観的事実の認定のみで足れりとせず、被告人の主観的な認識・確信を基礎付ける具体的事実の有無を慎重に検討する際の指針となる。
事件番号: 昭和24(れ)356 / 裁判年月日: 昭和24年3月24日 / 結論: 破棄差戻
原判決摘示の被告人の供述部分は、寧ろ被告人が假指定の事實を知らなかつた有力なる反證と見るのが相當である。しかるに原判決が被告人のその前後の供述部分を無視抹殺して全然反對の立證趣旨にこれを供したのは實驗則に反して事實を認定した違法があるものといわざるを得ない。
事件番号: 昭和23(れ)934 / 裁判年月日: 昭和23年9月8日 / 結論: 破棄自判
一 贈賄被疑及び同被告事件につき勾留されたこと、贈賄罪により罰金二百八十圓に處せられた事實は、公職禁止、退職等に關する昭和二二年勅令第一號第一六條第一項第一號にいわゆる「重要な事項」に該當しない。 二 公職に關する就職禁止、退職等に關する昭和二二年勅令第七條第一項の調査表に所謂著述した刊行物とは、一定の思想を發表するた…
事件番号: 昭和24(れ)553 / 裁判年月日: 昭和24年5月24日 / 結論: 棄却
一 所論の公職に關する就職禁止、退官退職等に關する改正勅令第一五條第一項は、候補者の届出又は推薦届出に關する連署行爲自体を候補者の推薦届出と同様に取扱い、これを政治上活動に含めたことは、同條の文理解釋上明かである。しかも、同條の規定の趣旨は覺書該當者自身の政治上の活動行爲を禁止するにあるのであるから、いやしくも覺書該當…
事件番号: 昭和24(れ)226 / 裁判年月日: 昭和24年6月13日 / 結論: 破棄差戻
一 証人の陳述中証人が実験した事実、又は実験した事実によつて推測した事項の陳述ではなく、単に意見を表示したにすぎないとみられる部分は、証拠に採用することができない。 二 然るに原判決はその證據説明中にかような證人の意見に過ぎない陳述をも挿入しそれを「然し」という言葉で接續して、その前後の供述の順序を變えて、記録に現はれ…