一 食糧緊急措置令第一一条は、憲法第二一条に違反しない。 二 食糧緊急措置令は昭和二一年二月一七日舊憲法第八條に基いて制定された緊急勅令であつて、その後帝國議會の承諾を得て法律と同一の効力を有するに至つたものである。そして、新憲法施工前に適式に制定された法規は、その内容が新憲法の條規に反しない限り、新憲法の施工後においてもその効力を有することは當裁判所の判例として示すところである(昭和二三年(れ)第二七九號同二三年六月二三日大法廷判決) 三 新憲法第二一條は、基本的人權の一つとして言論の自由を保障している。そして、新憲法の保障する基本的人權は、侵すことのできない永久の權利として、現在及び将來の國民に與えられたものであり、また、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果として現在及び将來の國民に對し侵すことのできない永久の權利として信託されたものであることは新憲法の規定するところである(憲法第一一條第九七條) 四 現今における貧困なる食糧事情の下に國家が國民全体の主要食糧を確保するために制定した食糧管理法所期の目的の遂行を期するために定められたる同法の規定に基く命令による主要食糧の政府に對する賣渡に關しこれを爲さざることを煽動するが如きは、政府の政策を批判しその失政を攻撃するに止るものではなく國民として負擔する法律上の重要な義務の不履行を慫慂し、公共の福祉を害するものである。されば、かゝる所爲は、新憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱し社會生活において道義的に責むべきものであるから、これを犯罪として處罰する法規は新憲法第二一條の條規に反するものではない。
一 食糧緊急措置令第一一条と憲法第二一条 二 食糧緊急措置令の合憲性 三 憲法第二一條の法意 四 食糧管理法の合憲性
憲法21条,憲法13條,憲法25條1項,憲法11條,憲法97條,食糧緊急措置令11条,日本國憲法施工の際現に効力を有する命令の規定効力等に關する法律1條,食糧管理法1條
判旨
憲法21条が保障する表現の自由といえども無制約ではなく、公共の福祉による調整を受ける。主要食糧の政府への売渡しを拒むよう煽動する行為を処罰することは、国民の法的義務の不履行を慫慂し公共の福祉を害するものであるから、憲法21条に違反しない。
問題の所在(論点)
主要食糧の政府に対する売渡を拒むよう「煽動」する行為を処罰する法規定は、憲法21条の表現の自由を不当に侵害し違憲か。
規範
表現の自由(憲法21条)は、立法によっても妄りに制限されないが、絶対無制約なものではなく、常に「公共の福祉」(憲法12条、13条)によって調整されなければならない。政府の政策批判そのものは、その方法が公安を害しない限り表現の自由の範囲内に属するが、国民が負担する法律上の重要な義務の不履行を慫慂する行為は、公共の福祉を害するものとして、表現の自由の限界を逸脱し、刑罰による制限が許容される。
重要事実
被告人は、食糧管理法等に基づき農家が主要食糧(米等)を政府へ売り渡す義務を負っていることに対し、これを売り渡さないよう煽動した。かかる煽動行為を処罰する「食糧緊急措置令」11条の規定が、新憲法21条が保障する言論の自由に反し、無効ではないかが争点となった。当該令は旧憲法下で制定されたが、帝国議会の承諾を得て法律としての効力を有していたものである。
あてはめ
当時の極めて貧困な食糧事情において、国家が国民全体の主要食糧を確保することは死活的な重要性を持つ。食糧管理法に基づく売渡義務は、公共の利益に資する「法律上の重要な義務」である。これに対し、売渡を行わないよう煽動する行為は、単なる政府の失政攻撃や政策批判にとどまるものではない。義務不履行を直接的に慫慂するものであり、国民全体の食糧確保という公共の福祉を著しく害する。したがって、かかる行為は社会生活上の道義的責任を伴うものであり、処罰の対象としても憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱しない。
結論
食糧緊急措置令11条は憲法21条に反せず、同条を適用して被告人を処罰した原判決に違憲の違法はない。上告を棄却する。
実務上の射程
人権の制約根拠として「公共の福祉」を明示的に用いた初期の重要判例である。煽動行為の処罰について、単なる思想の表明を超えて、具体的・法的な義務不履行を促す性質が強い場合には表現の自由の限界を超えると判断する枠組みを示しており、後の「煽動」概念をめぐる議論の基礎となる。
事件番号: 昭和26(あ)4868 / 裁判年月日: 昭和28年6月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】食糧緊急措置令11条が規定する事項が、憲法21条が保障する表現の自由(集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由)に違反しないことを判示した。 第1 事案の概要:被告人は食糧緊急措置令違反の罪に問われ、同令11条の合憲性が争点となった。被告人側は、同条が憲法21条の表現の自由に違反する旨を主張…
事件番号: 昭和24(れ)1839 / 裁判年月日: 昭和25年1月19日 / 結論: 棄却
一 國民が政策を批判し、その失敗を攻撃することは、その方法が公安を害しない限り、言論その他一切の表現の自由に屬するのであらうが、しかし、現今における貧困な食糧事情の下に國家が國民全体の主要食糧を確保するために制定した食糧管理法所期の目的の遂行を期するために定められた同法の規定に基く命令による主要食糧の政府に對する賣渡に…
事件番号: 昭和26(あ)3284 / 裁判年月日: 昭和27年3月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】刑の執行猶予を言い渡さないことは、憲法13条が保障する人権を侵害するものではない。執行猶予の付与は裁判所の裁量に委ねられており、その不作為が直ちに違憲とされることはない。 第1 事案の概要:上告人は、原判決が刑の執行猶予の言渡しをしなかったことについて、憲法13条に保障する人権を侵害するものである…