一 論旨は、原審公判廷に於て、裁判所が被告人に對してその陳述を求めるに先立ち、自己に不利益な答辯をする義務がない旨を説示しなかつたのは、憲法第三八條第一項及び刑訴應急措置法第一〇條第一項にいわゆる、自己に不利益な供述を強要したものであるから、違法であると主張している。しかし右の法條は、威力その他特別の手段を用いて供述する意思のない被告人に記述を餘儀なくすることを禁ずる趣旨であつて、前記のような説示をすることを要求しているのではないから裁判所がそのような説示をしなかつたからとて、これを違法とすることはできない。 二 本來公判廷においては、裁判所の訊問に對して供述するか否かは被告人の自由である。假りに所論のように、被告人が記述の義務あるものと誤信して供述したとしても、これを以て裁判所が供述を強要したものということはできない。
一 裁判所が被告人に對しその陳述を求めるに先立ち自己に不利益な答辯をする義務がない旨を説示することの要否と憲法第三八條第一項の法意 二 被告人が供述の義務あるものと誤信した場合と供述強要の有無
憲法38條1項,刑訴應急措置法10條1項
判旨
憲法38条1項は威力等を用いて供述を余儀なくすることを禁ずる趣旨であり、裁判所が被告人に対し黙秘権の告知(説示)をしなかったとしても直ちに同条に違反するものではない。
問題の所在(論点)
裁判所が被告人に対し、あらかじめ黙秘権の告知(自己に不利益な陳述を拒むことができる旨の説示)を行わずに供述を求めることは、憲法38条1項が禁ずる「自己に不利益な供述の強要」に該当し違憲・違法となるか。
規範
憲法38条1項及び刑事訴訟応急措置法10条1項は、威力その他特別の手段を用いて、供述する意思のない被告人に供述を余儀なくすることを禁ずる趣旨である。したがって、裁判所が被告人に対し、自己に不利益な答弁をする義務がない旨を説示することは望ましいが、法律上の義務ではなく、その不作為が直ちに供述の強要にあたるわけではない。
重要事実
被告人が原審の公判手続において、裁判所から「自己に不利益な答弁をする義務がない」との説示(黙秘権の告知)を受けないまま陳述を行った。弁護人は、この裁判所の説示の欠如が、被告人に対し自己に不利益な供述を強要したものとして、憲法38条1項及び当時の刑事訴訟関係法に違反すると主張して上告した。
あてはめ
憲法38条1項が禁じているのは、物理的・心理的な威力等を用いて供述を強制することである。本件において、裁判所は特段の威力等の手段を用いてはおらず、単に黙秘権の説示を欠いただけである。仮に被告人が「供述の義務がある」と誤信して供述したとしても、それは裁判所が直接的に供述を強要したことにはならない。旧刑事訴訟法下において、このような説示は義務づけられていなかった以上、説示の欠如を違法と断ずることはできない。
結論
裁判所が黙秘権の告知(説示)を行わなかったとしても、直ちに憲法38条1項に違反するものではないため、本件上告を棄却する。
実務上の射程
本判決は旧法下の事案であるが、憲法38条1項の本質を「強制の禁止」と解する基本判例である。現行法下では刑事訴訟法291条4項(黙秘権告知義務)により手続的に保障されているが、憲法上の要請と法律上の手続的保障の峻別、および「強要」の定義を論じる際の基礎となる。
事件番号: 昭和28(あ)4908 / 裁判年月日: 昭和29年4月6日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人に任意の供述をさせなかったという事実が認められない場合には、憲法38条の自己負罪拒否特権に違反するとの主張は、前提を欠き採用されない。 第1 事案の概要:被告人は第一審において、自己に任意の供述をさせなかったという事実があるとして、憲法38条(自己負罪拒否特権)に違反すると主張し、上告を申し…