一 民法一〇四二条にいう減殺すべき贈与があつたことを知つた時とは、贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知つた時をいう。 二 遺留分権利者が、減殺すべき贈与の無効を訴訟上主張していても、被相続人の財産のほとんど全部が贈与されたことを認識していたときは、その無効を信じていたため遺留分減殺請求権を行使しなかつたことにもつともと認められる特段の事情のない限り、右贈与が減殺することができるものであることを知つていたと推認するのが相当である。
一 民法一〇四二条にいう減殺すべき贈与があつたことを知つた時の意義 二 遺留分権利者が減殺すべき贈与の無効を訴訟上主張しているときと減殺すべき贈与があつたことを知つたと推認される場合
民法1042条,民訴法185条
判旨
遺留分侵害額請求権(旧遺留分減殺請求権)の消滅時効の起算点となる「贈与があったことを知った時」とは、贈与の事実及びそれが減殺できるものであることを知った時を指す。もっとも、被相続人の財産のほとんど全部が贈与され、遺留分権利者がその事実を認識している場合には、無効主張について客観的な根拠があり行使しなかったことが首肯できる「特段の事情」がない限り、知っていたものと推認される。
問題の所在(論点)
遺留分権利者が贈与の無効を信じて訴訟で争っている場合、民法1048条(旧1042条)の消滅時効の起算点である「贈与があったことを知った時」をいかに解すべきか。特に、無効主張が根拠を欠く場合の推認の可否が問題となる。
規範
民法1048条(旧1042条)にいう「贈与……があったことを知った時」とは、単なる贈与の事実だけでなく、それが遺留分を侵害し、減殺(侵害額請求)し得るものであることを知った時を指す。ただし、短期消滅時効の趣旨に鑑み、被相続人の財産のほぼ全部が贈与された事実を認識している場合には、無効主張に事実上・法律上の根拠があって遺留分権利者が無効を信じたために請求権を行使しなかったことがもっともだと首肯できる「特段の事情」がない限り、減殺し得ることを知っていたと推認するのが相当である。
事件番号: 昭和41(オ)641 / 裁判年月日: 昭和41年10月20日 / 結論: 棄却
準備書面に記載した形成権行使の意思表示は当該準備書面を相手方に受領せしめた時に行使されたと認めることもできる。
重要事実
亡Dは、不倫相手である被上告人Bに対し、唯一の財産である本件土地建物の持分2分の1を贈与した。Dの死後、相続人である上告人は贈与の事実を知ったが、本件贈与は公序良俗に反し無効であると主張して返還訴訟を提起。第一審でB側から「不法原因給付(民法708条)により返還不可」との抗弁が出された後も、上告人は無効主張を維持し、相続開始から2年近く経過した後に予備的に遺留分減殺請求を認める旨の申立てを行った。
あてはめ
上告人は、Dの唯一の財産が贈与された事実を相続開始直後に認識していた。上告人が主張した公序良俗違反による無効は、事実経過に照らし根拠を欠くものであった。さらに、相手方から民法708条の抗弁が提出され、無効を前提としても返還が困難であると認識し得た状況下でもなお無効主張に固執し、1年以上も遺留分減殺請求を行わなかった。このような事情の下では、無効を信じて行使しなかったことがもっともだと首肯できる「特段の事情」は認められない。したがって、遅くとも相手方が708条の抗弁を提出した時点(昭和49年11月11日)には、減殺し得る贈与であることを知っていたと推認される。
結論
上告人は遅くとも昭和49年11月頃には減殺し得る贈与であることを知っていたといえるため、それから1年が経過した昭和51年7月の請求権行使は、消滅時効により認められない。
実務上の射程
遺留分の短期消滅時効(1年)の起算点に関するリーディングケース。答案では、単なる「事実の認識」ではなく「減殺できることの認識」が必要であるという原則を述べつつ、全財産贈与などの事案では、無効主張に合理的根拠がない限り、時効が進行するという「推認」の枠組みを用いる。無効主張が「言いがかり」に過ぎない場合に時効停止を認めない実務上の調和を図る際に引用する。
事件番号: 昭和40(オ)1084 / 裁判年月日: 昭和41年7月14日 / 結論: 棄却
遺留分権利者の減殺請求権は形成権であると解すべきである。
事件番号: 昭和57(オ)942 / 裁判年月日: 昭和60年11月29日 / 結論: 棄却
甲から不動産を取得した乙がこれを丙に贈与した場合において、乙が、司法書士に依頼して、登記簿上の所有名義人である甲に対し、右不動産を丙に譲渡したので甲から直接丙に所有権移転登記をするよう求める旨の内容証明郵便を差し出したなど判示の事情があるときは、右内容証明郵便は、民法五五〇条にいう書面に当たる。
事件番号: 昭和54(オ)801 / 裁判年月日: 昭和54年12月14日 / 結論: 棄却
被相続人の生存中に権限なくして不動産を第三者に譲渡した共同相続人が遺産分割の結果当該不動産を取得しないこととなつた場合については、民法九〇九条但書の適用がなく、第三者は右共同相続人の法定相続分に応じた共有持分権を取得しない。
事件番号: 昭和53(オ)190 / 裁判年月日: 昭和57年3月4日 / 結論: 棄却
遺留分減殺請求権の行使の効果として生じた目的物の返還請求権等は、民法一〇四二条所定の消滅時効に服しない。